新しいもの、めずらしいもの、地域限定が大好きな真竜が行ってきましたエジプトに。日本と違う空気の中で、見るもの聞くものめずらしく、そこでしか味わえないものを堪能してきました。これは私が持ち帰ってきたお土産のほんの一部です。 by真竜
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  プロローグ 充実しすぎの8日間
   第1日目 第一日目 9月11日(水) 一晩中食べていた?
    第2日目 エジプトと言えば!
     第3日目 13日(金) ナイル川と夕日と
      第4日目 14日(土) ファラオの夢 前編
       第4日目 14日(土) ファラオの夢 後編
        第5日目 15日(日) 喧騒の街カイロ 前編
         第5日目 15日(日) 喧騒の街カイロ 後編
          第6日目 16日(月) 青と白の地中海
           第7日目 17日(火) カイロで英会話レッスン
            第7日目→第8日目 18日(水) インシャーラ!(神様の思し召し)
■ プロローグ 充実しすぎの8日間

ギザ地区からカイロを眺める

カイロで見かけた鳥。エジプトのカラス?

父と妹と「充実のエジプト8日間」というツアーでエジプトに行ってきました!

そもそもエジプトに行くことになったきっかけは、妹が7歳のとき、「大学に合格したらエジプトにつれていく」と父と約束したことにあります。彼女は、そのとき7歳にして契約書を作成し、大事に机の保管していました。お姉ちゃんである私はちゃっかりそれに便乗。


ツアーには20代の学生から70歳を越えるおばあちゃんまで総勢35人が参加してました。夫婦、親子、友達同士、etc…中には私と同年代で同じように夫を日本に残して友達との旅行を楽しんでいる人もいました。仲間だ♪


それにしてもこのツアー、その名のとおり本当に充実したスケジュールでした。エジプトに着くなりものすごい勢いであっちこっちと見て回り、2日目にして、もう1週間もエジプトにいる気分に…。あまりのハードスケジュールに早く日本に帰りたい、と思ったほどです。けれども、後半に行くほど旅は面白くなり、最後には、帰りたくなくなるほどエジプトに魅せられました。

■ 第1日目 9月11日(水) 一晩中食べていた?


16時、成田を出発。エジプト航空でカイロへ。途中、マニラ、バンコクに停まり、約20時間の飛行機の旅です。(※朗報 今年の12月からは成田〜カイロが直行便になるそうです。エジプトが近くなりますね。)機内食がこれでもかと出てきたのには驚きました。夕食、夜食、夜食、朝食と一晩で4回。もうおなかいっぱいいっぱいです。食べることに関しては飛行機の中からパワー全快で始まりました。

車窓から
とうもろこし畑(左)。モロヘイヤ畑(右)
畑のあちこちに生えているのはナツメヤシ。ちょうどナツメヤシの収穫期だった。

いよいよ次章はピラミッド登場!

■ 第2日目 12日(木) エジプトと言えば!




クフ王のピラミッド


ピラミッドを登る

朝6時(日本時間では昼の12時)、カイロ着。こちらはまだ夜明け前でした。

バスでホテルへ。途中、現地スタッフの方々の紹介がありました。今回のツアー全日程を一緒に案内してくれる現地ガイドのサラームさん。アシスタントスタッフのシャリーフさん(後日、大変お世話になります)、バスの運転手さんと、それから警備員さん!カイロではツアー1団体に必ず一人警備員さんがついて観光客を守ります。しかもこの暑さの中、きちんと紺のスーツに身を包み、危険がないか目を光らせていました。背が高くてなかなかハンサムでした。そうそうエジプト人は彫が深くて鼻が高くて女性も男性も整った美しい顔立ちの人が多かったです。アラブ人の顔立ちなんだけれども、より西洋人に近い感じ。(あっ、でも、ナイル川上流と下流では顔立ちが違います。これについてはまた明日に続きます)。

ちなみにご紹介が遅れましたが、日本から一緒に行った添乗員のHさん(日本人)は笑顔が素敵なとてもかわいい方でした。私と同じか少し年下かな。しっかりしていて、頼れるお姉さんという感じ。妹がいろいろと大変お世話になりました。この場をお借りしてお礼申し上げます。

まずはホテルにチェックイン。ホテルはギザ地区3大ピラミッドのすぐ近くにあります。あいにく私の部屋からは見えませんでしたが、部屋によってはピラミッドが眺めらます。街のすぐそばにピラミッドがあるのにはちょっとビックリしました。ピラミッドは砂漠の真ん中、何にもないところにあるものだと思っていましたので。

そして、ホテルにつくなりレストランでバイキングの朝食。一晩中、機内食を食べていたのにまだ食べるのか…。

午前中、ギザ地区の三大ピラミッド(クフ王、カフラー王、メンカウラー王)とスフィンクス観光。

ピラミッド、巨大。憧れていたピラミッド登頂は、この強い日差しの中、さすがに無謀と断念しました。ここまでこの巨大な石を積み上げた古代エジプト人に感心しました。

(帰国後、ピラミッドの写真を見た夫が言いました。「大きなおにぎり」。確かに…、ピラミッドを形成している一つ一つの石は米粒といったところでしょうか。じゃあ、私たちはおにぎりに群がるアリか?)

カフラー王のピラミッドの中に入りました。
天井が低く狭い通路をかがんで歩いていきます。降りて昇って、しばらく行くと、ぽっかり大きな部屋にでました。装飾品もミイラもすでに盗掘されていますので、ガランとした部屋にからっぽの棺。ここに金銀財宝が眠っていたのか・・・。壁には観光客の落書きがありました。心無い人がいるものです。しかし、とにかく暑い。中は蒸し風呂状態でした。 早々に退散。
ピラミッド内部

ラクダに乗りました!
ラクダの背はすごく高くて、すごく揺れました。振り落とされそうで、怖かった。すました顔をして乗っていたけれど、内心はいつ落とされるかドキドキ。必死にしがみついていました。でも、慣れると気分爽快に。結構いい気分になれた私に対し、妹はラクダ酔いしていたそうです。

※残念ながらこのラクダに乗せてくれる商売は、来年からなくなるそうです。なんでも観光客と金銭に関するトラブルが多いとかで。

現地ガイドのサラームさん 
とっても明るくて面白くて親切な方でした☆現地ガイドの中でも一番優秀なガイドさんと定評のある方です。サラームさんのおかげで素晴らしい旅となりました。ショクラン(ありがとう)!!

午後はダハシュールの屈折ピラミッド。赤のピラミッド。サッカラのジュセル王の階段ピラミッドなどを見ました。

ダハシュールの屈折ピラミッド
赤のピラミッド

月の〜砂漠を〜♪
歌が聞こえてきそうでした。


▲エジプト料理 その1

昼食は魚料理。白身魚のフリッターみたいなものを食べました。うーん、今一つ・・・。薄味だし・・・。イカやエビのフリッターも出てきました。エビが一番安心できる味でした。
ピタパンみたいなものがこちらでは主食らしく、毎回の食事に出てきました。これにゴマとオリーブ油のペーストやカッテージチーズのようなもの、揚げナスの酢漬けみたいなものなどなどを塗って食べます。ゴマペーストはいけました。

夕食は鳥料理。このときすでに眠くて眠くてしょうがありませんでした。半分眠っているから、フォークで食べ物がなかなかとれず、一緒のテーブルの人に笑われてしまいました。。。エジプトで7時は日本の深夜1時。いつもならとっくに深い眠りについている時間なのです。そういえばデザートにケーキがでていたっけかなぁ。こちらの料理は大雑把。ケーキのスポンジもざっくりした感じで日本のきめが細かくてふわふわのスポンジケーキが恋しくなりました。料理はやっぱり、日本の方が繊細でおいしいです。


夜は「砂漠の夜空に浮かび上がるピラミッドとスフィンクスが印象的な音と光のショー」を見にいったのですが、案の定、最初っから寝むってしまいました。
何も覚えていません。いまいちだったんでしょう。
Zzz

おまけ:スフィンクスのしっぽ

■ 第3日目 13日(金) ナイル川と夕日と

この日は午前5時カイロ発のエジプト航空でアブシンベルへ向かうスケジュールです。そのため、午前1時45分にモーニングコール、2時15分にパッケージダウン、その後朝食を食べ、3時にホテルを出発。

昨夜ショーが終わって部屋に戻り、眠ったのが10時すぎでした。その3時間後には朝を迎えたわけです。思いっきり睡眠不足。眠いよ。それに午前2時なんて真っ暗で、朝食じゃないよ。。。早くもバテ気味。

飛行機はほぼ時間通りにアブシンベルに到着。これは非常にラッキーなことらしいです。エジプト人は時間にルーズで、飛行機も1、2時間の遅延はザラにあるそうです。時間通りに運行されないなんて、日本では大変な騒ぎになりますが、こちらではだれもあわてず、何があっても「インシャーラ(神様の思し召し)」。

世界文化遺産にも指定されているアブシンベル神殿を見学。この神殿は本来、アスワン・ハイダム建設後できたナセル湖に沈む運命にありましたが、ユネスコの救済活動によってここに移設され難を逃れました。こんな大きなものをどうやって移設したの?と思ったらいくつものブロックに切って運んだそうです。確かによくみるとつぎはぎが・・・。

アブシンベル神殿はラムセス2世により建造されたものです。ラムセス2世はそのほかにも数多くの神殿を建設しています。奥さんが41人、子供が100人以上いたとか、ものすごい権力者だったんですね。一番人気のファラオらしく、サラームさんも「ラムセス2世はハンサムだった」とやたら褒め称えていました。

大神殿:4体全部ラムセス2世。左から右へ各年代順に並んでいるそうです。ちなみに足元に息子や娘の像がありますが、ラムセス2世とは比べ物にならないほど小さい。 小神殿:ラムセス2世が一番愛していた后ネフェルタリのために立てた神殿。愛する人へ贈り物をするのはいつの時代も変わらないのですね。

大神殿、小神殿共に神殿内のレリーフは必見!ラムセス二世の偉大な功績?(戦争で勝利したとか、奴隷をたくさんつれてきたとか、神に捧げものをしているとかetc)が壁画に描かれています。また、現在はほとんどが剥げていますが、昔は色が塗ってあったそうです。さぞきれいだったのだろうなぁ。

土産物屋さんの呼び込みが一生懸命。「バザールでゴザール」「やまもとやま」「おおきに」「ぼちぼちでんな」「見るだけ」etc・・・、とにかく知ってる日本語をならべるならべる。その商売熱心さにある意味感心してしまいました。

アスワンハイダム


そして、あわただしくエジプト航空でアスワンへ移動。

アスワンではアスワン・ハイ・ダムとオベリスクの石切り場を見ました。
ちょうど正午、どこからかコーランが――

オベリスクは一つの大きな石を切り出したものです。これは石を切り出している途中にひびが入ってしまったため、そのまま放置されました。完成すれば、現存するオベリスクの中で最大のものとなっていたそうです。
石の切り出し方法は、岩に切り込みをつけ、木のクサビを打ち込み、クサビを水で濡らして膨張させて割ったそうです。鉄の無い時代、古代エジプト人の英知に脱帽。

この日の宿はホテルニューカタラクト。部屋からナイル川と島々にある遺跡を眺めることができます。すぐ隣のもと宮殿だったホテルオールドカタラクトはアガサ・クリスティの映画「ナイル殺人事件」にも登場するホテルなのだそうです。アスワンはリゾート地としても有名で、プールサイドにはたくさんの西洋人がいました。

左の茶色い建物がオールドカタラクトホテル。
翌日の朝食はこちらでとりました。
豪奢なホテルでした。

夕食前、私たちもファルーカに乗り、ナイル河をクルージングしました。
川には小さなヌビア人の子供がこれまた小さなカヌー(ホント子供一人しか乗れないくらい小さいんです!)に乗って浮いていて、驚きました。なんでも彼らの手作りカヌーだそうです。手漕ぎでこちらにやってきて、私たちの乗っているファルーカにしがみつき、歌を歌いだしました。かなりびっくり!?そうやってお小遣い稼ぎをしているわけです。私たちからは何ももらえないとわかると、別のモーターボート目指して一生懸命また手漕ぎしていきました。彼らの将来の夢はファルーカの船頭になることだそうです。とてもたくましい。
途中ヌビア人船頭の一人が太鼓をたたいて歌を歌いだしました。みんなで手拍子し、輪になって船の中を踊りました。
ゆったり流れるナイル川と川に浮かぶファルーカ、そして夕日。とても美しい眺めでした。

そしてエジプト旅行は翌日からますます佳境に入るのでした。

ファルーカの船頭さんと 
アブシンベルやルクソールは、アフリカ系の顔立ちの人が多かったです。ヌビア人です。ヌビア人は独自の言葉を持っていますが、その言葉は文字がなく、ガイドのサラームさんも彼らの言葉は分からないそうです。

▲おまけ エジプトのトイレ事情
こちらはペーパーを使わず水で洗います。いわばウォシュレット。便器の横にホースがついています。おしりを洗いやすいよう、便器の形が長方形。私も郷に入れば・・・と思い使ってみました。悪くはなかったのですが、やはり紙に慣れているのでなかなか使いこなせませんでした。もちろんホテルにはちゃんとペーパーがついています。なお、レストランや空港など公共トイレは有料で、50ピアスドルが必要。

■ 第4日目 14日(土) ファラオの夢 前編

この日は有名な遺跡が数多くあるルクソールを観光しました。ルクソールはナイル川をはさんで東岸に神殿や町、西岸に王族の墓が集中しています。太陽が東から昇り西に沈むことに由来し、東岸は「生者の都」、西岸は「死者の都」といわれているそうです。
ネクロポリスの麓に立つメムノンの巨像

ハトシェプスト女王葬祭殿は崖の中に埋まっているよう。「おおおお!」と、壮観なその景色に感動!!

炎天下の中を歩く歩く歩く
葬祭殿までは結構な距離がありました。
遠目には小さく見えますが、実際はものすごくおっきい。

葬祭殿への参道を歩いていると、見るからに貧しい身なりをした子供たちが自分で作ったであろう人形を持って寄ってきます。人形を売ろうというのです。こちらでは子供たちも一生懸命。

次に、王家の谷へ。通路脇にミイラが横たわっている墓にも入りました。

ツタンカーメンの墓の中には、本物のツタンカーメンのミイラが眠っている棺が置かれています。が、蓋はしっかりと閉じられ、棺自体もガラスケースで覆われていて近づけません。お金払って見に行ってそれだけ・・・。有名な黄金のマスクは明日、カイロ博物館に見に行く予定。

王家の谷にはたくさんの墓穴がありますが、まだ未発見のものもたくさんあるようで、現在も盗掘者が後を絶たないそうです。なにしろ墓を見つけることができたら、一生遊んで暮らせる金銀財宝が手に入るのですから目の色変わるのも分かる気がします。でも、そんな財宝が眠っているとは思わせない静かな荒涼とした岩山でした。

とにかく日差しが強烈。目を明けていられないほどまぶしく、世界が白く感じます。サングラスと帽子は必需品です。多くのエジプト人がガラベーヤ(丈のながい長袖シャツみたいなもの)を着ているのもよく分かります。肌をさらすのはかなり辛いです。私も日差しを避けるため、スカーフを頭からすっぽりかぶって歩いていました。焼ける〜


▲車窓から その2
レンガを積み上げた壁、ワラがバラバラと敷いているだけの天井、といった非常に粗末な家が結構ありました。家の近くの小さな川はごみだらけ。生きることに精一杯な人たちには、環境問題について考える余裕もないのだろう、と複雑な気持ちになりました。

▲エジプト料理 その2

昼食は名物の鳩料理。味は普通に鶏肉でした。。。デザートの自家製プリンはなかなかおいしい♪ エジプトの鳩小屋って知ってます? 穴がたくさん空いたアリ塚みたい(高さは結構ありそう)でした。車窓からよく見かけましたが、鳩小屋と言われないと分かりませんでした。

夕食はシシカバブやステーキなど。ピラミッド型のピラフと。地域限定に弱いので、グアバジュース、ハイビスカスジュースとかレモンジュース、ちょっとめずらしそうなものはすかさず試してました。いずれも果汁100%!妹も私と同じジュース、父はエジプトのビール飲んでました。やっぱ親子だ。


▲買い物の醍醐味
エジプト人はなかなか商売上手。私も値切ったつもりでしたが、間違いなくかなりカモられたと思う。それでも、日本で買うのと比べると安いから、ま、いいか。できるだけ半額近くまで交渉していくのがいいそうです。私はがんばって3割くらいまで値切れなかった。


■ 第4日目 14日(土)  ファラオの夢後編


次に行ったカルナック神殿は、今まで見たことがないほどの大きさに、心が震えるほど感動しました!

大列柱室
高さが20メートル以上もある柱がたくさん並んでいる様は、圧巻。見飽きません。有名なアガサクリスティの「ナイル殺人事件」の中には、この大列柱室の上から巨大な石が落ちてくるシーンがあります。
とにかくとても一日で全部見て回らないくらい広くて大きな神殿です。「ラピュタ(宮崎駿監督の映画「天空の城ラピュタ」)みたい」、妹がボソッとつぶやきました。


見上げるほど大きな城壁に、いくつも並んでいる大きな柱。とにかく圧倒されまくり! しかも、こんなすばらしいものが3300年前に作られたとは。古代エジプト人は天才!さらに、エジプトの遺跡は神殿や柱に当時の様子が描かれていて、それを見ているだけでも飽きない。壁画が単なる模様ではなく、歴史を刻んでいることも感動。

オベリスク
これはレンガを積み上げたものではなく、たった一つ石なんですよ。なお、かつてはオベリスクの先端は金で覆われ、きらきらと日に反射して、遠くからもよく分かるようになっていたそうです。ローマが攻めてきたときに、黄金類はすべて奪われてしまったといいます。ああ、どんなに美しかっただろう。

手前の倒れたオベリスクはハトシェプスト女王のオベリスク
幸運のスカラベの像。この像の周りを1回回ると願いごとがかない、3回で結婚、5回で子供ができ、7回エジプトに戻れるといわれています。
一生懸命スカラベの周りを回る、妹と父。


夕食後にはルクソール神殿を見ました。

ルクソール神殿とカルナック神殿はかつて、スフィンクス参道で一直線に結ばれていたそうです。羊の頭をしたスフィンクスの像がずらっと両脇に並んだ石畳の参道。昼間見た壁画の様子(ファラオを先頭に、古代エジプトの人たちが大きな神をかたどったみこしを担ぎ行進していく)を想像したらぞくぞくした。

ルクソール神殿入り口 大きな列柱の間から月を見上げる

奥さんがツタンカーメンの肩に手を回しています。エジプトは夫婦の像が結構あって、夫婦仲良しなんだ〜と思いました。
これはツタンカーメンと
その奥さんの像。
仲良く並んで座って
います。


▲写真に写る仕事?
神殿にはうろうろしているエジプト人のおじさんがいます。はじめ「こっちこっち」と呼ばれるから何かと思ったら、すごく眺めがいいポイントを教えてくれました。次に一緒に写真を撮ろうというので、記念写真を撮り・・・。バクシーシ(富める者が貧しいものに施しをする)を請求されました。うっ、したたかだ。



エジプトのスケールの大きさに圧倒され、感動しまくっていた一日でした。
ところが、翌日妹の身にハプニングが!


▲父の意外な一面
この日の晩、なぜ父がエジプトへ自分の子供を連れてきたかったのかを知りました。

建設技師である父は若い頃、自分の能力を役立てたいと中近東勤務を申し出てイラクに駐在し、病院を14個も建てたそうです。その2年近く中近東にいたときにエジプトを訪れ、文明発祥の地エジプトに感動し、子供たちにも一度見せてあげたいと強く思っていたそうです。

父が外国にいた頃、私はまだ5歳。私の記憶にある父はまさに企業戦士で、朝早く夜遅く帰ってきて平日に顔をあわせるのは朝ちょこっと(顔をあわせない日もありました)。そんな人の役に立つ仕事をしていたとは、今日まで知りませんでした。ちょっと父を尊敬しなおした夜でした。

しかし、すでに父の建てた病院は戦火で無くなっているでしょう。父の話を聞いてイラクが身近に感じられると共に、アメリカのイラク攻撃への可能性が強くなっている今、戦争を起こして欲しくないと心から願うばかりです。


■ 第5日目 15日(日) 喧騒の街カイロ 前編


※この日は写真を一枚も撮っておらず、文章ばかりでごめんなさい。

●朝 ハプニング発生!


朝早い便でルクソールからカイロに向かうこの日、妹が倒れた!
気持ち悪くて起きれないといいます。熱もあるみたい。風邪?熱射病?! 添乗員さんから風邪薬をいただきました。非情にも私と父は疲れからだろうとタカをくくり、カイロに着いたらホテルで寝せることにしました。この日のカイロ市内見学は親子3人キャンセルです。

カイロ空港ではアシスタントスタッフのシャリーフさんが迎えに来てくれていて、私たち親子をホテルまで自分の車で送ってくれました。

心配&渋滞で、ホテルまでの道のりはとても長く感じました。

カイロではみんなめちゃめちゃ荒い運転をします。車線はあってないようなもの、3車線なのになぜか車の列は4車線分あるし、もうこすりそうなくらいすれすれで車をすり抜けて行きます。私は絶対運転できない、と思いました。ずうずうしく割り込まないと先に進めそうもありません。みんなゆずりあう心で運転しましょうよ〜。よく事故を起こさないなあ。

また、横断歩道がなく、道路を横断するにはタイミングよく車の間を縫うように道路を渡っていきます。カイロの人たちは慣れたもの。車がびゅんびゅん走っている中、手をつないで悠然と歩くカップルもいました。

クラクションが頻繁に鳴っている、うるさい街です。

さて、ホテルに到着したものの、予定外に早いチェックインのため、しばらくロビーで待たされました。その間もシャリーフさんは一緒にいてくれて、早くに部屋に入れてくれるようたびたび掃除の催促をしてくれました。とても親切な方です。そのおかげで、まだメイドさんが部屋の掃除をしているところでも部屋に入ることができました。

全然関係ないけど、ピラミッドの入り口。父の背中

●昼 街に出てみた

妹を寝かせて、私と父は二人でぶらぶらと出かけました。妹の昼ごはん&自分たちの昼食をとるためにです。すぐ隣にデパートがあったので、まずはそこに行きました。デパートとは言っても…共に日本に比べると店舗・客の数が少なくちょっと寂れた感じがします。でもカイロ市内では屈指のデパート、にぎわっていたのは間違いないのです。

そこの1階にあったファーストフードっぽい喫茶店で私と父は昼食を取りました。私はなんだかよく分からないプレートとトルココーヒーに挑戦。父はホットチキンとコーラを頼みました。父のホットチキンはまずまずおいしかったです。私のプレートはには…わけわからない3品。ミートパイみたいなものとちまきみたいなものと揚げ肉団子みたいなもの。どれもホテルのバイキングでよく見かけた品です。エジプトではメジャーな食べ物なのでしょうけど…、いまいちおいしくなかったです。特にちまきみたいなものはいただけませんでした。中のごはんみたいなものだけならおいしいのに、周りの葉っぱがまずい。トルココーヒーは甘くてトロッとしたエスプレッソコーヒーでした。

■ 第5日目 15日(日) 喧騒の街カイロ 後編


●午後 エジプトの歴史に浸る

いったんホテルに戻り、3時くらいまで妹の様子をみましたが、まだかなり具合が悪そう。

しょうがない、妹を置いて父と二人でエジプト考古学博物館に行きました。幸いホテルから博物館までは大通りを渡ったすぐ近くでしたので、歩いて行きました。地下通路もあったので、大通りを横断しなくてすみました。

カイロに来たならここは必見! 有名なツタンカーメンの黄金のマスクをはじめ、エジプトの歴史に触れられるさまざまな展示物がたくさんあります。じっくり見て回ると一日は必要です。知的好奇心が満たされ、だ〜い満足!! 飽きません。

古王国→中王国→新王国→グレコローマン時代と順に見ていくと、彫刻の顔が年代とともに移り変わっていく、その傾向がよく分かります。古王国の王様や書記の彫刻は黒人系の顔。それがだんだんと西洋系に近くなってきて、ローマ時代にいたってはローマギリシャ人の顔。ナイル上流から文明が発祥した様子がよく分かりました。

ツタンカーメンの展示物では黄金の王座・柩・マスクといった数々の装飾品を見ました。まばゆいばかりの黄金と鮮やかな色彩の石で彩られた首飾りなどはとても美しく。まさに財宝という言葉がぴったり。盗掘者の気持ちが分かるような気がします。私も財宝に目がくらみました。

金は4000年以上たった今も当時とかわらぬ輝きを保っています。ファラオが金の装飾品を身につけていたのは、その永遠を願ったからです。これだけの装飾品を死後の世界に持ち込もうと墓に入ったのに、墓を暴かれ、財産を奪われ、自分もミイラとして展示されている…。不自然な永遠を願ったばかりに眠りを妨げられ、ファラオたちが哀れになりました。

関係ないけど、アスワンのオベリスク石切り場から見た風景

●夜 カイロはこれからが活動本番

カイロは夜になると昼間閉まっていた店も開店し、人がたくさん出てきて活気付きます。子供も外に出てくるし、夜11時頃が一番街が活動的な時間なんだそうです。

というのも、昼は日差しが強くて暑くて働けないからです。

昼間に感じたのですが、こちらの人はのんびりしています。兵隊さんも壁に寄りかかって立っていたり、みんなだらっとしているのです。暑いんだもん、しょうがないよね、って私も思ってしまいました。無理しないエジプト人の様子にちょっと安心感を持ちました。地下通路内でも蛍光灯が切れているところがいくつもあり、ちょっと驚きました。日本では考えられないことです。父もしきりに「アクセクしすぎな日本がおかしいんだよ」とこぼしていました。

夜のナイル河沿岸はデートスポットみたいです。男女なかよく手をつないだり腕をくんだり、橋の上にはたくさんの人がデートを楽しんだりおしゃべりをしたりしていました。まるで夕涼みをしているみたい。

クラクションの音が相変わらずにぎやかなカイロの夜でした。

■ 第6日目 16日(月) 青と白の地中海

カイトベイの要塞
岬の端に建っています。潮風が強かった
ポンペイの柱
この下に古代の図書館があります。
まるで洞窟の中みたいなところで、壁の穴が本棚。
ここから先は特に何もありませんといわれているのに、
父は同じツアーの数人と一番奥の突き当たりまで行って、
なんだかわからないけれど皆で壁をなめてきたようです。
壁はしょっぱかったとか。病気はないか?大丈夫か?

この日はカイロからバスで3時間のアレキサンドリアを観光。妹の具合もだいぶよくなったようでしたので、一緒に行きました。

アレキサンドリアはアレキサンダー大王によって建設された都市で、プトレマイオス朝の首都でした。最近、女王クレオパトラの宮殿跡が見つかったとかで注目されている都市です。

スカッと気持ちのよい日差し、白い壁と空と海の青、旅行パンフレットの写真に出てくる光景が広がっていました。青と白の地中海のイメージそのまま。

ファロスの灯台跡に建てられたカイトベイの要塞、地下墓地カタコンベ、ポンペイの柱を見て回りました。でもこれまでにみた古代エジプトの遺跡と比べると感動はいま一つ。

移動はバスで都市内の狭い路地を走ります。カフェでチェスをしている人や水タバコをくゆらしている人の姿も。エジプト人は観光客慣れしているのか、手を振ったり挨拶してくれたり。大型観光バスの中からものめずらしそうに眺めている私たちに対して、愛嬌を振りまいてくれます。いや反対にこちらがものめずらしそうに見られているのかも。。。

グレコローマン博物館で再び妹が倒れてしまいました。バスの一番後ろの席で横にしていると、添乗員さんは自分のハンカチを水で冷やして妹の額に乗せてくれましたし、運転手さんは頭の血のめぐりをよくするつぼを教えてくれたり、砂糖たっぷり入ったシャイをどこかから用意してくれたり、すごくよくしてくれました。ツアーの人たちも妹のことを心配してくれ、薬や栄養ドリンク、携帯用氷枕をくれたり。皆さんの温かい心づかいに感謝するばかりでした。

昼食に地中海の魚料理を食べた後、カイロに帰り、妹はそのまま部屋でダウン。そのため、エジプト最後のディナーは私と父の二人で出掛けました。ナイル河ディナークルーズとベリーダンスの夕べ、妹の分も堪能してきました☆

ナイル川をクルーズでゆったりと遊覧しながら食べる豪華ディナーバイキング。食事の後はショーを見たりデッキでエジプトの夜景を眺めたり
ベリー・ダンス
そのうち客もステージ上に引っ張り上げられ・・・一緒に踊っていました。結構ノリノリ。
スーフィーダンス
ひたすらぐるぐる回る踊り。スカートを何枚か着けていて、途中スカートを取り外して頭上に振り上げたり。

◆「エジプトへようこそ!」
昼食後、先に戻ったはずのバス運転手がいなくて、炎天下の中、困っていたときに出会ったタクシー運転手さんから。始めはいつもと変わらない客引きだと思って、声をかけられても冷たく無視していたのですが、そのタクシー運転手さんは一緒になってバスをノックしたり、バス運転手を探しまわってくれたりしました。別れ際、「☆△○∴☆○△◇□・・・・」。「アラビア語は分からない」というのに、「いいから繰り返して」とアラビア語を繰り返させられました。海外は日本と違うからと、思いっきり疑いながらもしぶしぶ繰り返す私。しかし、繰り返し終わると「これはアラビア語でエジプトへようこそ!という意味だよ」と言って、とっても素敵な笑顔で握手して去って行きました。このとき、気持ちがふっと和らぎました。


エジプトの集合住宅。窓は穴が空いているだけ?レンガを積み重ねた壁に屋根はわらがちょっと葺いてあるだけの非常に粗末な家もありました。でも、もしかしたら雨があまり降らないから、それで十分なのかもしれない。
■ 第7日目 17日(火) カイロで英会話レッスン


ラムセス二世の巨像(初日のカイロ観光で)

この日は、13時15分の便でエジプトを出発します。午前中は時間があるので、それぞれ自由に時間を過ごしました。妹はまだ具合が悪そうでしたが「ツタンカーメンの黄金のマスクくらい見ないと」と父につれられてカイロ博物館へ出掛けていきました。私は昨日に続いてホテルを中心に散策しました。

◆カイロを歩く
昨日の夕方と今日の午前中、一人で街をぶらつきましたが、特に危険を感じたことはありませんでした。もちろん、路地裏やぼったくりそうな店等、危険と思われるところへ自ら行くことはありませんでしたし、常に意識して歩いていたこともあったからか、多いと聞かされていた痴漢にもあいませんでした。これが護身術かな?

街中に酔っ払いがいないとこもなんか安心。イスラム教では「お酒を飲むと悪いことをしたくなるから」お酒は禁じられているそうです。女性一人で夜歩きできるという点では、欧米よりよっぽど安全な国です。もっとも街のあちこちにポリスがいて、テロの警戒は厳しかったです。それから、痴漢は本当に多いらしいです。聞くところによると、髪をスカーフで覆っていないのは、肌を露出しているのと同じくらいセクシーなのだそうです。

痴漢にはあわなかったものの、やたら男性から声をかけられまくるのには閉口しました。ジャパニーズ?チャイニーズ?と聞いてくる人は無視して歩きました。ですが、朝の散歩ですれ違ってきた人とは「ハロー」「モーニング」と挨拶を交わしました。昨日のタクシー運転手もそうですが、基本的に観光客には親切な人が多いようです。 みんなエジプトへようこそ!と歓迎してくれます。声をかけてくるのも若者が多く、観光客に興味津々。たいていの人は英語が話せるので、私も英会話の実践を楽しむことができました。


◆Nice to meet you

メイドのモマさん
年は妹と同じくらいのかわいらしいメイドさん。優先的に掃除をしてもらったお礼にチップを渡したらとても喜んでくれて、2度目に会ったときは両頬を交互に寄せるエジプト式の挨拶を教えてくれました。

学生さん
早朝の散歩していたときに、道路を横断するタイミングを失ってちょっと困っていたところを、声を掛けてきた学生さん。前にも書きましがカイロでの道路横断は結構冒険です。慣れないうちはちょっと戸惑います。挨拶してすれ違った後、私が道路横断でまごついているのを見て、「一緒に道路を渡ろうか?」とわざわざ戻ってきてくれました。

アリさん
私たちの泊まったホテルの近くには長距離バスの発着所があって、大きな広場になっています。そこを歩いていたときに声を掛けてきた人。バスの発着所をうろうろしていたから、彼はてっきり私がバス停を探しているんだと思ったらしいです。「ギザのピラミッドは見に行った?」というところから始まってひとしきり話をした後、「エジプトへようこそ!よい旅を」と握手して去っていきました。困っている人を見過ごさない、エジプト人の人情に触れた気がしました。

アブさん
ホテルのロビーに座っていたときに出会った、別ツアーのガイドさん。中国人相手のガイドさんで、漢字で私の名前を書いたら、中国語読みしてました。日本にとても興味があるらしく、東京はどんなところですか?などなど日本について聞かれました。私が「エジプト人は親切な人が多いですね。カイロはいいところです」と話したら喜んでいました。

■ 第7日目→第8日目 18日(水) インシャーラ!(神様の思し召し)

飛行機の中から
マアッサマーラ(さようなら)

時間通り飛行機はカイロ空港を出発しました。再び11時間の飛行機の旅、日本に着いたのは翌18日の昼でした。

本当に充実した8日間でした。最初のうちこそ充実しすぎて目が回りましたが、後半はエジプトの気候にも慣れ、余裕が出てきてとても楽しく過ごすことができました。無事に帰ってこれたことはなによりの幸せです。

妹の具合は日本に帰ってきたらすぐによくなったそうです。お世話になった皆さん、ご心配をおかけしました。ありがとうございました。

また、ツアーでご一緒した同年代の女性3人と帰りの空港で住所を交換し合いました。後日写真を送ってくださった方、メールを送ってくださった方、ありがとうございました!またお会いするときを楽しみにしています!

たくさんの出会いが、日常に流され、麻痺しかけていた私の心を癒してくれました。そしてなにより驚いたのは自分の中の執着心が消えていたことです。

この出会い(人・物・出来事すべて)はこれきりかもしれない、だから今この時を大切にしよう、という気持ちで行動していたのでした。一期一会という言葉を心で理解することができたように思います。縁があればまた会える。「インシャーラ(神様の思し召し)」の精神もこれなのかな、と思いました。すごく身も心も軽くなった気がします。これからも感謝の気持ちを忘れず、今を生きていこうと思います。

ショクラン!(ありがとう!)