つれづれなるままに・・・
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■ 偽善でなにが悪い
■ 2009年 8月19日

昨日、仕事帰りの路上で、目の不自由な人を見かけた。
白い杖をついて歩いていたが、コンビニ前の駐輪自転車にぶつかっていたので、声を掛けた。

「水天宮の駅までですか?」
「はい。」
「私も、行きますが、腕に捕まっていきますか。」
「お願いします。」

その人とは駅のホームで別れた。
残念ながら、若い女性ではない。
はっきり言えばオジサンである。
でも、いい。

何が、いいかって、私が気持ちいい。
そのオジサンの役に立てたからだ。
対価をもらうわけではない。
別れしなに一言「ありがとうございました」と言われただけだ。

この一言がたまらない。
言われなくても気にしないが、
言われると、自分の価値が0.1%上がったような錯覚を起こす。
だから、私は進んで偽善を行う。
10回やれば、自分の価値が1%アップ、100回やれば、10%アップなのだ。
一日一善で3年間やれば、ざっくり1000回。100%アップとなり自分の価値は2倍となる。

もっとも、偽善も1000回やれば、立派なものだ。
1回1回は、小さなことかもしれないが、1000人の役に立つならば、もう偽善とは言えないだろう。

だから自分の満足のために、正々堂々偽善を繰り返そうと思う。