つれづれなるままに・・・
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■ 走り方を忘れていた
■ 2011年 5月15日

最近、またジョギングをするようになった。残念ながら昔と違って健康のため。
これでも中学の頃は駅伝の選手だった。「どのくらい走れるか」という質問は愚問だ「どれぐらいで走れる」が僕らの課題だった。

25 歳ぐらいの頃、10キロマラソンにでたことがあった。あの頃はまだまだ心肺機能は余裕だったが、足首、膝、股関節と順々に壊れていきゴールにたどり着く頃 には痛みと闘いながらケンケンしていた。定期的に走ることをやめて関節がアスファルトの硬さに耐えられなくなったのだと思った。

ジョギングをやめたのは20代後半の時だった。当時千葉の行徳に住んでいて、近所を走っていてドブの蓋を踏んで足首の靭帯を痛めたことがきっかけとなった。

30代になって、衰える体力に危機感を感じ、再びジョギングをと思ったが、もう遅かった。ちょっとジョギングすると膝に痛みが出る。そしてせっかくジョギングを日課にしようと決心してもその痛みのせいで三日坊主を繰り返すだけとなった。

最近、膝の痛みの理由が分かった。そしてその回避策も分かった。フォームとスピードに気をつけて走るようにした。
長 距離の選手だった頃はさほどフォームなど気にしたことはなかった。燃費より出力重視、とにかく早く走るための走り方をしていた。今は違う。重心の上下動を 減らし、くの字立ちで走っている。開祖の歩法に関してはいくつかの不思議な伝聞があった。靴の底が片減りしない。つま先が内に入るような感じだった。上体 が滑るように移動した。千鳥足とは斜めに行く歩法ではない・・・エコノミーな走り方を模索するうちにその歩法の秘密が少し解けたような気がした。

ス ピードに関しては、もともと普段の練習ではあまり飛ばしていなかったことに気がついた。大人になり、バイクに乗り、自動車に乗り、飛行機に乗り・・・他力 で高速移動を繰り返すうちに早く移動する風景に見慣れてしまったようだ。そう、自分は走り方を忘れていたことに気がついた。