教わったことや本に書いてあることの受け売りではなく自らの体験の中で実感・納得できた原理・原則だけをまとめてみました
内容に関しては 財団法人少林寺拳法連盟 の正式な見解ではありません。 【サイト・オーナーへメールサイト・オーナーへメールする    
■ 第1部 第3話
明竜が昔所属していた支部で会報に連載していたエッセイを加筆再掲しました
■ 数を掛けると下手になる?

技を掛けるには「カン」や「コツ」が必要で、
それらは「こんな感じ」という体感覚のことをいい、
その体感覚の組み合わせで技はできている・・・というお話は前回しました。

併せて自分の中にある「これだッ!」という体感覚を探し出す作業が、技を覚える作業だとも書きました。

ということは、効率よく「これだッ!」という体感覚を探し出すことができれば、
ポンポンと技はできるようになっていくのでしょうか。

開祖が「拳法にかぎって、私は一を聞けば、たいてい一は理解できた。-中略- 時によると、一を聞いて二わかるようなこともあった。」
と本の中で若い頃を回想していました。
また現総裁も、開祖が日々鍛錬に継ぐ鍛錬をしていたというのを見たことが無い、と言われていました。
おそらく開祖は、効率よく体感覚を見つけ、その感覚をすぐ応用する思考法をとっていたものと考えられます。

確かに達人と呼ばれる人は、何十年も修行した人が多いのですが、
何十年も修行した人が必ずしも全て達人にはなっていないことから、
数のかけ方にも、何かしらの正しいやり方があるように思えませんか。

そこでもし、あなたが道場に来て、技を人から教わろうとしているなら、少しやり方を変えて見ませんか。
すなわち、道場で掛からなかった技の疑問点を忘れずに持ち帰り、
寝る前でも、電車の中でもトイレの中でも構いません、相手の状態に自分をおいて何で掛からなかったのか、どういう状態だったら掛かっているかを考えて
「これだッ!」とひらめくアイデアが浮かんだら、道場で試してみる。

本部職員のある先生が言ってましたが、「技が分かるのは体を動かしていないとき、道場ではそれを確認するだけなんや。」
もう一つ「できないということは間違ってると言うことだから、その間違った動きを何遍繰り返しても下手になるだけや。」

数を掛けると下手になる。
一見非常識ですがその通りだと思いませんか。