教わったことや本に書いてあることの受け売りではなく自らの体験の中で実感・納得できた原理・原則だけをまとめてみました
内容に関しては 財団法人少林寺拳法連盟 の正式な見解ではありません。 【サイト・オーナーへメールサイト・オーナーへメールする    
■ 第2部 第1話
明竜が昔所属していた支部で会報に連載していたエッセイを加筆再掲しました
■ 何事も基本が大事 

私の父の口癖に、「何事も基本が大事」というのがありまして、
私は小さい頃から、よくこう言われ続けました。
武道の世界でも、やはり「基本が大事」とは、よく言われます。
それでは今回は、武道における「基本」について、考えてみましょう。

練習のはじめには、振子突きと蹴上を行い、続いて移動しながらの単演。
道場には緊張した空気が漂い、全員の士気も高まる。
・・・いかにも武道の稽古らしい光景です。

「基本」は初心者にとっては先輩の切れの良い動きを見ながらフォームを直し、技の「冴え」を身につける有意義な練習です。
また道場全体にとっても全体の統一、士気の高揚などの良い効果があります。

それでは上級者の技術レベルの向上という観点からは・・・技の「切れ味」を落とさないための貴重な練習?
本当に「基本」をやらないと、技の切れが無くなり、技量が落ちるのでしょうか。

英語の勉強では、まず一番最初にアルファベットのAからZまでの綴りを繰り返し書きました。
次にDOG,CAT,BOY,などの単語を繰り返しノートに書きました。
そしてI am a boy. This is a pen.でした。

しかし、大学受験を控えた受験生が勉強の始めにそれらを繰り返しノートに書いたり、暗唱したりするでしょうか。
そんなことをしていたら貴重な時間が浪費され、肝心な本当の英語の勉強にまわす時間が残らなくなってしまうのではないでしょうか。

これは英語の勉強でABCが必要ないと言ってるのではなく、
段階に応じて勉強のポイントが変わってくるのではないかということです。

翻って考えて少林寺拳法の修行ではどうでしょうか。
えっ、拳法は体を動かすから話が違うって。本当にそうでしょうか、
ではでは質問しますが、法形や乱捕りの中では基本動作は磨かれないのでしょうか。
そして拳法も英語と一緒で、段階によって練習のポイントが変わってくるのではないのでしょうか。
本当は、相手との駆け引きの中で当て身を極める能力が、今一番要求されているのに、
肝心のその練習には、時間を割いてなかったりしていませんか。

ここまでは、上級者にとって「基本」にプラスが少ないことを考えてきました、
それではこれから「基本」のマイナス面について考えてみましょう。

少林寺拳法は護身術です。ということは相手の攻撃に合わせて反撃を行うという技術的性格があります。
これは言い換えると「自分のタイミングで反撃する」のではなく、「相手のタイミングの中で反撃する」と言えます。
護身術では反撃のタイミングは自分が作るのではなく、相手の動きの中にあります。

しかし「基本」で行っている当て身の練習は、たとえ相手の動きを想定したとしても、
結局自分のタイミングでしか行っていないと言えますね。
そしてこの自分のタイミングで打つ当て身を繰り返せば繰り返すほど、
その動きは体に染み込み、とっさの時にもその動きしか出なくなります。
これでは相手に合わせた反撃がなかなか出来ないのも分かります。
単独バランス、相対バランスの問題にしても同じことが言えます。

もちろん先輩のお手本がないと、後輩の上達が遅くなるのは事実です。
また練習の始めに全員が一緒に同じことをするのは、士気を高める意味でも重要です。
私は色帯を貰ったら基本の練習をしなくてよい、と言っているのではありません、

ただ色帯を締めているのに「基本神話」にとりつかれているのは、
「技」の上達の観点からすると良くないのではないかと思うのです。
そう考えると武道界で半ば常識となっている「基本が大事」という言葉を、よく考えてみたくなってしまうのです。

種を明かせば、先人が言った「基本が大事」の「基本」と「基本練習」の略称「基本」が、
違うものを指しているにもかかわらず同じ言葉が用いられるため、
いざ練習の場面でゴッチャになっているだけの話なのですが・・・。

言葉の概念さえ明確にしてしまえば、非常に簡単に回答が出てしまいますね。
チャンチャン!