教わったことや本に書いてあることの受け売りではなく自らの体験の中で実感・納得できた原理・原則だけをまとめてみました
内容に関しては 財団法人少林寺拳法連盟 の正式な見解ではありません。 【サイト・オーナーへメールサイト・オーナーへメールする    
■ 第4部 第5話
ロバ耳第4部では学び方と教え方、あるいは練習で学んだことをどう応用するかそんな観点で書いてみたいと思います。全10話(ぐらい)の予定。
■ 第5話 変数2つの難しさ

よくお世話になる道院長さんで少林寺拳法に対して研究熱心な方がいる。演武についても当然研究熱心で、僕の支部の拳士達がその先生の指導を受けたら数ヶ月で見違えるほどにレベルアップし、関東大会で最優秀賞に輝いた。

驚くことには、その先生の演武練習方法は基礎からステップ化されている。(←少なくとも僕にはそのように見える)

そしてその指導法を見てちょっと疑問に思ったことがある。僕自身の修行は現在一般的に行われている少林寺拳法の修行に比べると乱捕のウェイトが大きかったと思う。良し悪しは別として兎に角「実際に使える技術」が僕のテーマだったし、我ながらよく研究してきたという自負もある。

実際様々な概念も言葉で表現できるし、体現することもできる。が、他人に教える際に短期的にレベルアップさせるステップ化指導法が見えないのだ。

なぜだろう。理由を考えて演武練習との大きな差異を一つ見つけた。演武練習においては変数は一つなのだ。自分が自分の動きをキチンとやることに集中すればよい。もちろん相手はいるが、少なくとも相手もいい演武をしようとベクトルを合わせてくれている。

対して乱捕はどうか。変数が二つないだろうか。まずは演武同様自分がキチンと動くことが求められるが、その時基準となるのはアノ手コノ手でこちらの読みをはずして攻撃してくる相手なのだ。そこには一次方程式と二次方程式の複雑さの違いがあるのではないか。

そしてそれが見えたことで少し気が楽になった。変動する状況の中で重視すべきポイントの優先順位が次々と変わるので、乱捕に必要な要素は出せても、順番をつけて並べることに無理があったのだ。

ただ、ここから確信したことは、少林寺拳法は言われたとおりやっていればいつか上手くなれるなどというあまいものではないということだ。もちろん先人の知恵を無視して我流に走れというのではない。ただ、言われたとおり盲目的に繰り返すだけでは超えられない壁にぶつかるということだ。

先輩諸氏のアドバイスは最高の手がかりだ。決して無駄なものばかりではない。ただ他分野で得たモノの考え方を参照し、自ら仮説を立てて原理を探り、原則を導き出す作業を通してはじめて少林寺拳法という護身の原則が身につくのも事実だ。

教えの中心に自己確立と自他共楽があり、少林寺拳法の特徴に組手主体があるのは伊達ではないようだ。