教わったことや本に書いてあることの受け売りではなく自らの体験の中で実感・納得できた原理・原則だけをまとめてみました
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■ 第4部 第6話
ロバ耳第4部では学び方と教え方、あるいは練習で学んだことをどう応用するかそんな観点で書いてみたいと思います。全10話(ぐらい)の予定。
■ 第6話 少林寺拳法にもコーチング

以前、レベルによって学ぶ姿勢が違うべきだと書いた、また修行が進むと誰かに任せっきりではなく自ら考えて学んでいかなくては上達できるものではないとも書いた。ならば、逆の視点から見るとどうなるのだろう。教える側から見たとき修行の進んでしまった人はもう指導できないかのという疑問も浮かぶ。

これに関する答えはNOだろう。ちょっと古くなってしまったが女子マラソンのQちゃんと小出監督が好例ではないだろうか。Qちゃんと小出監督が42.195キロを競走したら間違いなくQちゃんが勝つだろう。ということはQちゃんの方が実力が上だ。でも小出監督はコーチとしてQちゃんを育てた。(もっとも正確には、Qちゃんが自分の能力を最大限引き出すために小出監督というコーチを使ったとも言えるが・・・)

小出監督はQちゃんにコーチングを施したわけだが、日本において一般的に「コーチ」という言葉からイメージされる指導者≒コーチはコーチングはしていない。プロ野球のコーチを思い浮かべてもらえば分かりやすいが、プロ野球のコーチがしているのはコーチングではなくティーチングだ。

コーチの語源は「coach=馬車」なのだが、馬車は決められたレールの上を走るのではなく、乗客の行きたいところに連れて行く乗り物だ。そのことから勝利を狙う選手に勝利を掴ませるため導く役目の人をコーチと呼ぶようになった。

ちなみに、教える側の連れて行きたいと考える場所に乗客を連れて行くとしたら、決められたレールの上を走る列車=Trainの方がしっくりこないだろうか。そういえば訓練をトレーニングと訳すがそれもここから来ているのかもしれない。さて、ではコーチが行うコーチングとは何か。ティーチングとどう違うのだろうか。

そもそも人間は自分の考えを言葉で人に説明しているうちに自分の考えがまとまってくるという特性がある。専門用語でオートクラインと言われるものだ。少林寺拳法の世界で「他人に教えることで自分が上達する。だから惜しまず指導せよ」と言われるが、これはその原理を応用したものといえる。

だからコーチングの肝はコーチされる側にたくさん話をさせることだ。そしてコーチの役割は言葉を引き出すために「傾聴」したり、話が脱線せず続くように「質問」することだ。この原理を応用した指導法(人によってはコミュニケーション手法と言っているが)がコーチングだ。

コーチは選手に語らせるために様々な質問をする。「なんでこの競技を始めたの?」「今までで最高の成績を上げた時に周りの人からどんなメッセージが届いた?」「今度の大会でいい成績を収めるために何ができたらいいと思う?」・・・いかに上手く語らせるかがコーチの腕の見せ所だ。

もともと選手の中にある意識を引き出すのがコーチの仕事なのでまるっきりヤル気のない人には効果が上がらないのもコーチングの特徴だ。

で、このコーチングだが一見コーチする側の技術として捉えられ、相手には気づかれない方が良いようなイメージを与えるが、実はそうではない。コーチングの構造をコーチする側される側双方が知っている方が良い。しかもコーチングされる側が主体となって自分にあうコーチをつけるのが本来の形なのだ。

ちなみにこのコーチングは家族間ではむずかしいようだ。どうしても相手をコントロールしようという意思が入り込むからだ。ただ、分野によっては十分可能でもある。そんなコーチングの特徴を理解したうえで少林寺拳法の修行にも取り入れたら大きな効果が上がると思われる。