教わったことや本に書いてあることの受け売りではなく自らの体験の中で実感・納得できた原理・原則だけをまとめてみました
内容に関しては 財団法人少林寺拳法連盟 の正式な見解ではありません。 【サイト・オーナーへメールサイト・オーナーへメールする    
■ 第4部 第7話
ロバ耳第4部では学び方と教え方、あるいは練習で学んだことをどう応用するかそんな観点で書いてみたいと思います。全10話(ぐらい)の予定。
■ 第7話 忘れてはいけない

前回コーチングの話をした。コーチングはティーチングとは別もので、本人に多くを語らせることで漠然としていたイメージを明確にしていく作業だ。ゴールの位置が明確になり、そこへ到達する道のりが明確になれば、自然とやる気が湧く。やる気が湧かないのはまだ道のりが明確になっていない証拠だ。

例えば「一生懸命勉強すれば良い大学に入れる」と言わせてみたところでやる気は湧かない。他の大学ではなくその大学で送れるキャンパス生活をイメージさせるのだ。入学式の日どんな服装で門の前に立つのか。不安か期待か、キャンパスに足を踏み入れる時は何を考えているのか。講堂に向かう途中見かける他の大学生達が談笑している様子はどんな感じか。グランドでトレーニングしている運動部の人たち、同じ専攻のクラスメートたち、試験前にノートを貸し合って行う勉強会、ゼミの活動、大学で研究した経営学を生かして若くしてカリスマ・コンサルタントとして引っ張りだこの日々。35歳で独立して小さいながらも事務所を構える・・・楽しい大学生活やその先の未来を具体的にイメージさせることがその大学に行きたいという動機付けにつながる。具体的にイメージを湧かせるために、実際に現場に行かせることも効果が大きいだろう。

ゴールが見えれば、次は方法論の確立だ。いきなり参考書のはじから手をつけても頓挫するだろう。まず、その科目で身に着けるべき知識の構造を把握することから始まる。参考書でいうなら目次だ。これから何と何を覚えればよいのか全体像を捉えることが重要だ。全体像を捉えれたら、それぞれの項目の肝を捉えることだ。「微分・積分とは要はどんなことなのか」を捉えるのだ。そうやって全体の「見える化」をしてから、残された日程を覚える期間、試す期間、弱点補強の時間に分けてみる。なんにも考えずに勉強に取り組むよりもはるかに積極的な姿勢で取り組めるのではないだろうか。途中目標を見失いかけたら、再び詳細にイメージしてモチベーションを高める。ただこの作業は当人ではなく第三者の補助があったほうがはるかに容易だ。そしてこのときの第三者こそがコーチングで言うところのコーチだ。

しかし、現実にはすべての人に良いコーチをつけられるものではない。よって自問自答式に自分自身をコーチングするセルフ・コーチングとか、目上の人に対してそうとはわからずにコーチングをするコーチアップという応用技もある。また往々にして片コーチングとも呼べるべき方法が取られる。

客観的視点がなかったり、双方合意の目標設定が無かったりと条件が不十分な分、当然コーチングが難しかったり、効果がでるのが遅かったり、小さかったりするだろう。それでも効果がないよりあったほうがいい。

個人的な印象で言えば、片コーチングのケースが実は凄く多いのではないかと思う。小さな目標の時にいちいち「さて、コーチングをしようか、今回の目標設定は・・・」などとはやらない。相手が何かの課題を持っていることを感じたら、自然とコーチのポジションで接するということが日常ごく一般的に行われるからだ。少林寺拳法の指導でもそんな場面は多々ある。

それはそれで良いのだが、このときコーチされた側はコーチされたことに早く気づき、恩を忘れないようにしないといけない。例え直接恩を返すことができなかったとしても、恩を忘れないことが人間関係を豊かにするコツだと思う。

人は自ら努力しなくては伸びない。ただ、反面自分ひとりで出来ることにも限りがある。技は盗めというように「あの人からこれを学んだ」と思うのは構わない。ただ、もしかすると相手はあえて盗ませてくれたのかもしれない。そして盗ませるために魅力的な餌に見えるようデコレーションしてくれたのかもしれない。

そこまで読むことができれば、コーチに対する感謝が消えることもないだろう。選手は自分の能力を伸ばすだけでなく、競技に挑戦する過程を通して周囲の人と豊かな人間関係を築くこともできる。

そういう人間関係がどんどん構築されていけば住み良い世の中になると考え開祖が少林寺拳法を普及し、積極的にコーチングの仕組み(当時はもちろんコーチングなどという理論は存在していませんでしたが)を取り入れたとしたら・・・やっぱりあのひげのオジサンはただ者ではないですな(^-^)