内容に関しては 財団法人少林寺拳法連盟 の正式な見解ではありません。 【サイト・オーナーへメールサイト・オーナーへメールする    
■ 第5部 GUN日記
涙と笑いの体験記
■ 11月3日 病院が急に我が家

先ほど、妻を帰した。
ちょっと名残惜しそうに見えた。かわいそうではあったが、こればかりはしょうがない。
妻は良性腫瘍の手術だと思い込んでいるはずだが、後姿の元気の無さはどうしたことか。もしかしたら本当は薄々気がついているのだろうか。

いよいよ今日から僕は入院する。正確には昨日からの入院だったが、受付早々外泊願いを出して、家に帰った。だから僕にとっては、本当の意味での入院体験は、今日からとなる。

午前中いろいろと雑務を片付け、昼食は病院の近くで妻と外食、そして先ほど休日出入り口から入ってきた。自分の亭主が数日間入院する病院なのだから、多少のことは知っておいたほうが安心するのではないかと思い、館内を簡単に案内した。

病院最上階である16階にはVIP用特別室があるようだ。すりガラスの自動ドアがあり、一般の入院患者は出入り禁止と立て札があった。廊下の反対側にはレストランがある。値段は安くはないが景色は良さそうだ。退院するまえに一度ぐらいはあそこでビールを飲んでやろうと思っている、と妻に冗談を言って笑わせた。
その後、エレベーターで2階のロビーに降りた。この病院は2階にロビーがある構造だった。

初めてこの病院に来たのは、まだほんの半月前のことでしかない。広い受付には、たくさんの人が待っていて、病院が立派なだけに、その格調の高さが、外来患者にとってはかなりの威圧感となり、どこか居心地の悪さを感じたものだ。
でも、今日は休日のため電気も落ちてガランとしている。でも明日はまた、たくさんの病人やけが人で混雑することだろう。
そして、寝巻姿にスリッパを突っかけてそこを歩く明日からの自分の姿を想像すると、昨日まで感じていた敷居の高さはどこかへいき、まるで住み慣れた自分の家ではないかとの錯覚をおこした。

休日出入り口は1階にある。階段で移動することにした。
エレベーターホールからちょっと離れたところにある階段は薄暗く、ここが病院なのだというドライな現実を目の前に突き付けてきた。長い歴史の中でたくさんの人が病気を克服し、同時にたくさんの人生の終焉の舞台となったところでもある。

妻を見送ったあと、やることもなく僕は自分のベッドに戻った。
僕の部屋は10階の1057号室。個室を希望したが、もっと重篤な患者さんを優先しているということで、4人部屋が割り当てられた。

はす向かいには片足を治療中の若い方。若いといっても、おそらく僕より少し上ではないだろうか。
お隣は昨日軽くご挨拶した年配の方。お向かいの方とはまだご挨拶していないが、カーテンの向こうから、たまに苦しそうなうめき声が聞こえてきた。

夜、看護師が検温に来た。挨拶代わりに軽い冗談を言ってみたけどウケなかった。これからの入院生活を象徴していないことを祈った。

寝息

病院は21時消灯ルール。その時間が来ると問答無用で廊下や病室の電気が消された。
昨日まで普通に東京のサラリーマンをやっていた僕が、そんなに早く眠れるわけがない。

イヤホンを差してベッド横のテレビでも見ようかと思ってみたが、真っ暗な病室の中で、テレビをつければ、ランタンのマントルのようにカーテンが輝き、同室の人に迷惑だろう。しかたないので、僕は談話室に行って本でも読もうと思った。
だが数分後には病院内の電気はほとんど消されてしまった。談話室だけ煌々と明るいのも目立ちすぎのような気がした。探されたり怒られたり説明するのも面倒なので、とりあえず自分のベッドに戻ることにした。

眠れるわけではないが、ベッドの上に横になって目を閉じたままじっとしていた。
カーテン越しに隣の人の寝息が聞こえる。いびきではないが、ちょっとうるさめの寝息だった。カーテン越しではっきりとは分からないが、寝息の感じからして、お隣さんとは距離にして1メートルも離れてないのではないだろうか。見ず知らずの人とほんの1メートルの距離で寝るシチュエーションはそうそうないだろう。ちょっと変な感じがした。

どうでもよいようなことが頭の中をよぎる。ただでさえ早い時間で寝付けないのに、こうも寝息がうるさいと気になって余計眠れそうになかった。
もっとも、どうせ明日の予定は手術だけ。そのあと数日は寝るしかない状態が続くのだろうから、多少寝不足になったって問題ない。