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■ 第5部 GUN日記
涙と笑いの体験記
■ 11月4日 プライバシー

病院にはプライバシーという概念は、あまり無いのかもしれない。
ベッドを仕切っているカーテンはひざ丈ぐらいになっているし、どの看護師さんも出て行く時にカーテンをピッチリと閉めず、すこし隙間を開けていったりする。今朝は5時頃、通りがかりの看護師さんがいきなりカーテンを開けて覗いていった。

フロアの集合トイレにはドアがなく、いきなり中。とくに男性トイレなど小便をしている姿を廊下から見られてしまうつくりだ。
命にかかわる現場なので、羞恥心より人命優先の造りになっているのかもしれない。

江戸美人

担当の奥野先生は若い女性だった。朝、点滴の針を通しに来てくれた。手術時は点滴を落とすらしい。
右腕に針を通してもらいながら、聞いてみた。
「先生は江戸っ子ですか。」笑いをとりに行こうとするのは僕の悪い癖だ。
「ええ、そうなんです。私江戸っ子なんです」物怖じせず、屈託なく答えてくれた。
やはり。そんな顔立ちなのだ。ちょうと「竜馬がゆく」に出てくる千葉佐那さんの説明文にぴたりと重なった。

涼しげな目元と、細身だが背筋をピンと伸ばした姿が好感度大だった。
自分でも自分の基準がいささかよくわからないのだが、この先生になら身体を任せてみようと思えた。

一本でもニンジン

腫瘍の位置は右臀部の下の方、太ももとの境目あたり。麻酔方法は局部麻酔となった。具体的には切除部位の周りに注射を打っていくのだが、この麻酔注射が痛かった。

また、お尻側は我慢できる。子供の頃、お医者さんで注射を打たれてきた場所だから、痛さんに対して免疫がある。ただ、太もも裏側で内股に近いところは思わず上体を持ち上げて背を丸めるほどの痛さだった。普段自分は痛みを感じにくい部類の人間だと思っていたが、どうも針とか刃物の痛さは人並みに感じるようだ。麻酔注射用のスプレー麻酔など開発されないのだろうかと真剣に考えてしまった。

つきそっていた看護師の方が、痛がる僕の手に自分の手を添えてくれた。目のクリッとした感じの良い人だ。まさかオケツ丸出しの中年男に惚れたわけでもないだろう、とつまらぬ冗談を考えていると太もも内側を次なる強烈な痛みが襲う。針そのものを刺す痛みもあるが、その直後に薬液が注入される痛みはそのまた数倍だ。気がついたら僕は彼女の指を一本だけ握りしめていた。
たった一本の指。でもこの一本がその時の僕にとっては唯一激痛に耐えるためのニンジンだった。

見なきゃ損

手術室に愛用のデジカメを持ち込ませてもらった。
手術台に座ったところで、執刀医の先生方と記念撮影。
あれほど痛かった麻酔注射だったが、手術中は麻酔が効いているので意外と余裕。時には看護士さんの持つカメラに向かってVサインを出したりしてみた。

下半身裸の情けない格好だったが、貴重な体験だから何でも見てやろうと思った。
頭をめぐらして室内を見渡した。手術室の中はテレビドラマで見るような機器がたくさんあって、おびただしい数のケーブルがそれらの機器からぶら下がっていた。コンピューター機器を見慣れている僕にとってメタルのスパゲッティにさほどの違和感はない。ただ、それらの機器の大部分が一体何の役割を果たし、モニターに映し出されているものが何を意味するのか僕には分からなかった。

手術中は5分おきに腕に巻いた血圧計が腕を締めつけてくる。上140台で下は100ぐらい、いつもよりちょっと高めだ。やはり緊張しているのか。

心電図と思われるモニターがピコピコ鳴っている。それが時折ピーとなる。ん?心停止か?
看護師の方に聞いたら、手術用の機材を使うと、その電気ノイズを拾ってしまうのだという。
・・・ったく脅かすない。

手術室内には音楽が流れていた。洋画の戦記物のサントラみたいな曲だった。気遣いはうれしいが、曲のチョイスはどうだろうか。もう少し心が落ち着く優雅な曲の方が相応しいのではないかと思われた。

一生懸命振り返ってみるのだが、残念ながら手術をしている患部の様子は覗けなかった。
遠くのテレビモニターに手術の様子が映っているようだが、眼鏡を外されていたので、肌色の何かが映っていることしか認識できなかった。

手術の後半で、目の前の機器を覆っているアクリル板がちょうど医師の手元を反射していることに気がついた。鏡ほどはっきりとは見えないが、暗闇の中でライトの光に照らされた医師の白い手袋がボウッと映り、優雅なダンスのように舞っていた。

ホルモン無理

佐那先生は、僕を好奇心旺盛と見てとったのか、腫瘍を切除した段階で、「切り取った腫瘍を見ますか」と聞いてきた。僕は「是非」と答えた。
縫合も無事終わり、手術が終了したところで、佐那先生が僕の目の前に腫瘍を乗せたパンを持ってきた。

皮膚組織部分の色は悪い。土気色とでもいうのだろうか、とても数十分前まで人体の一部として機能していたとは思えない。
皮膚組織の下に黄色くちょっと小ぶりのタラコのような物体がぶら下がるようにくっついていた。こいつが今回の主役となる「脂肪腫」君だ。

こういうことを聞くべきなのかちょっとだけ迷ったが、あとで「あの時、聞いておけばよかった・・・」などという後悔はしたくなかった。僕は勇気を出して聞いてみた。「悪性の疑いがある場所はどこらへんでしょうか」
佐那先生が端をつまみ「ここらへんがちょっと硬くなっています」と言った。僕も触ろうと手を伸ばしたが、念のため触る前に聞いてみた。「触ってみてもいいですか」
「素手ではちょっと・・・」すぐ手術用手袋を貸してくれた。

つまむとその歪な黄色いタラコの端の部分にだけ、なにがブリブリッとした硬いしこりのようなものが、確かに入っていた。本当に悪性かどうかは病理解剖にまわさないと分からないらしい。

しかし、当分モツ系、ホルモン系は食べられないかもしれない。。。