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■ 第5部 GUN日記
涙と笑いの体験記
■ 11月6日 命を考えるきっかけ

朝6時に起床してから8時の朝食までは瞑想の時間みたいなものだ。サラリーマン生活では満足に考える時間さえとれなかったが、入院生活のダブついた時間の中では真空状態に吸い込まれるように考える行為に没入していった。

がんの可能性を示唆されたり、入院したり手術を受けたりする経験は、自分の人生について考えてみるきっかけとなる。

過去の思い出がとりとめもなく浮かんできたり、疎遠になっていた知り合いの顔が浮かんできたり、そしていつもまにか頭の中で誰ともなく会話している自分に気づいく。
一体誰に話しかけているのか。でも誰かに向かって話しかけているのは事実だ。自分自身に対してか、それとも別の誰かが自分に話しかけているのかも分からないが、脳内の一人会話は続いた。

しぶとく病気と戦ってやるという強気の発言と、もしかしたら年貢の納め時かも、という弱気の発言が交錯する。自分の人生に悔いはないけど、まだまだやりたいこともあったという思い。思い残すことはないという潔い気持ちと、残された人の今後を心配する気持ち。

とりとめのない脳内の会話が続く中、「自分の生」に対する考え方捉え方も少し変わったような気がする。
それまでは、漠然といつかは自分も死ぬ、と思っていた。そして、それは遠い未来の出来事として認識されていた。だけど、今はちょっと違う。最終回間際のテレビを見ている心境に近いかもしれない。泣いても笑っても次回が最終回。結末を知りたい反面、また見たくないような複雑な気持ち。残された時間で何ができるか、何をしたいか。当然優先順位づけでも迷いつづけた。

コントロールできない思いの海の中で、波にのまれるのか、泳ぎ切れるのか。僕自身にもわからない。

退院

今日の午前中に退院となった。当初の予定より一日早く、実質4日の短い入院だった。経過が良好な証しとも言えた。 
いつもどおり8時に配膳された朝食を食べ、トイレへ行き、シャワーを浴びて傷口の絆創膏を貼りなおした。おしりの17針の傷跡がこすれて悪化しないよう、今は特大の絆創膏でガードしている。

荷物をまとめて時計を見たら9時30分。が、もうやることが無くなった。
妻には10時か、10時半ぐらいになるだろうと言っていたので、迎えまでまだまだ時間がある。
で、1人で退院することにした。

はす向かいの比較的若い方はは、一日先に退院されていた。今、同室は2名。僕は、お二人に別れの挨拶をした。
そのうちの一人は入院のせいで失業し、ちょっとひねくれてしまっていた。それは看護師さんとの応対でも分かっていたし、そんなことからか、僕は入院の挨拶もキチンとできていなかった。で、ちょっと心配だったが、取り越し苦労だったようだ。退院のご挨拶をした時はとても爽やかな笑顔を見せてくれた。自然と同室の二人へ感謝の気持ちが湧いてきた。
心の中で、二人の早期退院を願った。

入院用に買ったスリッパも、結局ほんの数分しか着なかったユニクロのスエット、病院で買った箸も思い切ってゴミ箱に突っ込んだ。地球環境にやさしくないと知りつつも、思い切って捨てた。それは、もう二度と使うものかという僕のささやかな宣誓でもあった。

未使用のT字帯(ふんどし)、ティッシュボックスは後の入院者で使える人がいたら使っていただきたいと寄付した。コンビニでもらった景品のワンピースのフィギュアは子供の患者さんにあげてほしいと看護師さんに渡した。

帰りはタクシーを使った。帰る時はタクシーと入院前から決めていた。運賃は2,3千円するだろうが手術をした自分に対してのご褒美だ。そのくらいの贅沢は許してあげてもいいだろう。