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■ 第5部 GUN日記
涙と笑いの体験記
■ 11月7日 起承転結などありはしない

子供のうちは力をつけ、社会に出たら蓄えた力で挑戦し、働き盛りは会社と社会に貢献し、歳をとったら静かな余生を過ごす・・・人の一生は起承転結だと思っていた。
でも、本当に起承転結なのだろうか。結なんて万人が迎えられるものなのだろうか。むしろ、結を迎える前に、手前の中途半端なところで人生の幕を引かれてしまう人の方が、圧倒的に多いのではないだろうか?

天寿を全うできた人以外は、結までたどりつけていないのではないだろうか。
そして、そのやり残し感が死を厭う気持ちとなり、恐怖の感情の根っこになっているのではなないだろうか。僕もたくさんのやり残しを抱えたまま、強引な幕切れを迎えてしまうのだろうか。ということは、僕も死ぬ間際に恐怖と戦わなくてはいけないのだろうか。
うれしかったこと
うれしかったこと

入院中二人の友人が見舞いに来てくれた。
気弱な話であまり格好よくないが、そのお見舞いが嬉しく感じられた。

入院患者がやるべきことは少ない。手術を受け、回診に対応し、あとは食事と睡眠ぐらい。
テレビをつけても、どうでもよい番組ばかりがだらだらと流れていた。ここでは、好きなビールもウイスキーも焼酎も飲めない。この機会にと選りすぐりの本を持ってきていたが、緊張感がないせいか本を開くと眠くなる。
サラリーマンになってこのかた、こんな緩い生活を送った経験はない。なんとなく刺激が恋しい。
いつの間にか人恋しくなっていた。

趣味でやってる絵画仲間のミズがお見舞いに来てくれた。
趣味の絵画グループと言っても、大学の頃からだからかれこれ四半世紀、年季が入っている。当然お互い女房より古い付き合いである。

ミズとは同じ大学だったが学部は別。マンモス大学だったので、学部が違えばキャンパスも離れていてほとんど別大学みたいなもの、普通なら縁がない。お互い美術系の別サークルに所属していたことで、わずかな接点があった。サークル同士お互いの展覧会に呼びあう慣習があった。その関係でミズとは大学1年の時に知り合った。最近ミズの髪には白いものが混じってきたが、基本的な顔の造形と彼の周囲に漂う雰囲気は今も昔も変わらない。

暇を持て余してベッドの上で寝返りをうった時、カーテンの隙間に視線を感じた。すぐミズだとわかった。病室での面会は問題ないが、なんとなく同室の人に気を使ってしまうので談話室に行くことにした。

ミズはこちらを気遣って「座ったら」と言ってくれるのだが、お尻を手術したばかりの僕には椅子に座ることは激痛との闘いであり、立っているほうが楽だった。行儀は悪いは壁に寄り掛かったまま立って話しをすることにした。

ぼくに気を使っているのかミズは必要以上に深刻な顔をしている。空気を和まそうと僕は冗談を連発するのだが、ニコリともしない。こちらも意地になって笑わせてやろうと思った。

「いやあ、何が恥ずかしいって、こんな場所の手術だろ。仰向けに手術台にのぼったら、かわいい顔した看護師さんがズボンとパンツに一度に手を掛けて、一気に脱がすんだ」友人の顔が思わずほころんだ。あと一息。
「でさ、ケツの毛剃られて。次は消毒しますねーって、アルコール綿で拭かれたと思ったら、ケツの穴から、金玉袋の裏から拭かれちまったよ」友人の顔にいつもの明るい笑顔が戻ってきた。

午後になって、少林寺拳法の相棒が来てくれた。最上階のレストランへ行った。入院中に一度ここでビールを飲んでやろうと思っていたが、手首にリストバンドが付いている入院患者にはアルコールは出さない掟らしい。残念だがエスプレッソで我慢しながら、相棒と少林寺拳法の話をした。研究中の技術について、組織の将来について・・・気が紛れた。

わざわざ来てくれた友人達の気持ちをありがたく思う。入院しているといつの間にか、気の持ちようまで病人らしく弱気なものになってくる。
つい虚勢を張ろうとする自分がいて、強がってしまうのだが、お見舞いから1日2日が過ぎた今だから、気持ちに余裕もできて、友の見舞いを素直にありがたいと認めることが出来るようになった。