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■ 四段昇格考試の宿題 (MA)
章へジャンプ→ 少林寺拳法教範第一編の要約少林寺建立の目的と金剛禅の成立正しい釈尊の教え金剛禅の主張と願い現在の心境と将来の抱負について

MAさんが2000年に受験した際提出した課題です。2000年度特別昇格考試受験論文で入選したものです。

■ 少林寺拳法教範第一編の要約

開祖が少林寺拳法の指導者の教科書として著作した教範。その第一編には、まさに指導者として知っておかなければならない一番重要なことが書かれています。それは拳禅一如の宗門の行としての少林寺拳法がなぜ創始されたのか、その目的は何かということです。

「歩いても、ぐるぐる回りも一万歩なら、東京行きの一万歩もある。何をするにも、まず何のためにどこへ行くのか、これをはっきり決めなさい」と開祖語録にあるように、私たちが何かを成すとき、そこには必ず明確な目的を定めます。そして、目的を定めて始めてその目的を達成するためには何が必要なのかを考えることができ、一人で成し得ることができないのならば仲間を集めるために人を説得していかなければなりません。

教範第一編には、人づくりによる社会変革を行おうと考えた開祖の思いが書かれています。金剛禅運動に協賛し、その運動を進めていこうとするものは、目的をよく知っておかなければなりません。正拳士四段の昇格考試に教範第一編の要約があるのはそのためでしょう。では、教範第一編の内容を大きく三つに分けて述べていきたいと思います。

◆少林寺建立の目的と金剛禅の成立

開祖が少林寺拳法および金剛禅を開創しようと考えた原体験は、終戦時ソビエト軍政下の満州にあります。そこで、数々の苦難にさらされた敗戦国民の惨めさを体験した開祖は、「人、人、人、すべては人の質にある。すべてのものが人によって行われるとすれば、真の平和の達成は慈悲心と勇気と正義感の強い人間を一人でも多くつくる以外にはない」と悟ったのです。

世界の歴史を見ても分かるように、悪い例では、ドイツのヒットラーによるユダヤ人虐殺、良い例では、ロシアのゴルバチョフ書記長がペレストロイカを実現させ、世界の冷戦を終結させたことなど、その立場にたつ人によって世界が大きく変わることを私たちも目の当たりにすることができます。

さて、志のある青少年を集め、勇気と自信と行動力を養わせて、祖国復興に役立つ人間を育成しようと決心し、帰国した開祖でしたが、夢にまで見た祖国の姿は愕然とするほど変わり果てていました。敗戦直後の混乱期、不正と暴力が白昼横行し、道義も秩序もない弱肉強食の修羅場であったといいます。

中でも祖国の将来を担うべき青少年の多くは、将来に対する希望を失い、苦しい現実から逃避するために目前の享楽にふけるか、反動的に過激な思想のとりこになり、祖国を見失って日本人であることを忘れかけているものが増えていました。大人たちも茫然自失し、何等なすことを知らず、青少年を放置するだけでなく、自らも希望のない人生からの逃避をくわだてたり、また一部の者はあやしげな現世利益を説く新興宗教によりどころを求めて一層まよいを深めるなど、国民の大多数が将来の希望もなく右往左往していたのが実状でした。

これに危機感を感じた開祖は、残りの人生を青少年の育成に捧げ、もう一度日本人を信頼と尊敬を受けるに足る民族に育てる手伝いをしようと決心を固めたのです。そして、帰国後貯めた私財を投じて四国多度津町に小堂を建て、道を説き始めました。

しかし、理屈やお説教だけでは人はついてきてくれず、しかも、現代の複雑な社会構造の中で、何年も山や寺院にこもることが不可能な一般の人に、どうすれば正しい仏法を生かせることができるか、初期のころ開祖は悩みました。

開祖が夢の中で達磨の啓示を受けたのはそのときです。そして、若者が長期にわたって喜んで修行してくれる人集めの手段として、開祖自身若い頃情熱を燃やした達磨が伝えたというインド伝来の阿羅漢の拳を教えながら道を説くという新しい道、宗門の行としての少林寺拳法を創始したのです。

開祖が中国で修行してきた阿羅漢の拳は、一般の武術とは本質を異にし、相手を倒し相手に勝つことを目的とするものではなく、己に克ち、心と体を鍛えて、技術を楽しみながら自他共に上達を図るというものです。開祖が少林寺拳法開創のヒントを得た中国・嵩山少林寺の白衣殿の壁画を私も見ましたが、相手を倒すことを目的とした格闘技ではない、お互いの向上を共に楽しむ拳法の存在を実感しました。

宗門の行としての拳は、護身練胆、精神修養、健康増進の三徳を兼ね備えた法です。開祖はこれを教えながら道を説けば、道を求めてくる青少年に不屈の精神力と金剛の肉体を同じに錬成させられると共に、自信と勇気を与えることができると一石三鳥の効果を確信し、この道を「拳禅一如、力愛不ニ」の法門として編成したのです。そして古代インドにおいて阿羅漢の拳を創始したと伝えられる仁王尊の神名、金剛神の御名をとって金剛禅と名付けました。

こうして、中国で学んだ各種の拳技を整理再編し、これに理論の裏づけを行って宗門の行としての形を整え、新しい道として伝道を始めたのが、今日の少林寺拳法であり、これを「行」とする金剛禅が成立したのです。

現在、青少年犯罪の凶悪化、低年齢化が進み、少年犯罪が戦後第三のピークを迎えたといわれています。物が不足し、そういった意味で貧しかった戦後に対し、今は市場に物があふれ、確かに生活は豊かで便利になっていますが、相対的に心はどんどん貧しくなっているようです。日々たくさんのストレスにさらされている人々、生きることに希望を見出せず、無気力、自暴自棄になる人が多いという点では、戦後と同じ状態であるといえます。むしろ戦後より犯罪の内容はより悲惨さを極めています。

少林寺拳法に理解を示してくれている多くの政財界人は、今こそ少林寺拳法が社会に求められていると話してくれます。しかし、世界に十四万人の会員がいるという少林寺拳法はまだその存在意義を十分に発揮しきれているとはいえません。私自身も含めて、何のための金剛禅運動か、開祖の志を継ぎ、仲間を増やし、後進に伝えつづけていかなければなりません。そして真に平和で豊かな社会をつくっていきたいと思います。

少林寺拳法の成立を見ても分かるように、少林寺拳法は単なる格闘技の技術を学ぶものではなく、健全な肉体と精神を養うための行としての拳なのです。拳を修行することにより不屈の精神を養う、そして相手を尊ぶ心を養うものです。行動の伴った社会に役立つ人間をつくるための一つに方法として拳法の修行があるのです。

◆正しい釈尊の教え

釈尊の正しい教えは、人間の期待と事実が反して、苦しみ、悩む心を人間自身に反省させて、不幸災難に打ち勝つ力を人間の心の中につくらせて、安心立命を得させようという教えです。正しい仏教とは、無反省に我利や自己を中心として都合の良いように救いを願う宗教ではなく、期待と事実が矛盾したときに、事実をそのままに見つめて、なぜその事実が自分にとって苦しみであるのか、そしてその苦しみは何が原因であるかを追求して、事実の生じた原因が自分の欲望にあることを知り、事実が期待に背くから苦しみを起こすということを反省させる教えなのです。事実を自分の欲望から出た期待通りにすることは絶対に不可能なことであるから、その欲望を征服し、欲望を浄化させることが正しい解釈法であると教えるのが釈尊の正統仏教です。

欲望を浄化させるとは、よく悟りの境地に達するなどと言われますが、現在の儀式のみを行う仏教やお坊さんにそれを感じることはできません。開祖は教範第一編の中で約半分を費やし、宗教についてから正しい仏教について説明しています。なぜそれほどまでに分量を割いたのか、それは今の仏教がいかに矛盾だらけの宗教となってしまったのか、だからこそ金剛禅を成立させたという開祖の思いが表れているのです。では、教範に沿って正しい釈尊の教えについて述べていきます。

原始宗教はまだ科学の知識も無かった時代、病気や失敗やその他の不幸に出会った場合に、これを悪魔や悪霊のせいにしたり、あるいは神仏のお怒りや祟りとして供物を捧げ、お払いや祈祷をして逃れようとしたことに始まりました。

中でも、日本は山や木、岩などにも神が宿っていると信じる多神教で、八百萬の神々が住む神の国であると信じ、その神々を強制的に礼拝させられてきた歴史があり、よって神の意味も実態もわからないまま、神様と称する偶像をまつり、儀式を行って神の加護を祈る習慣が生まれました。日本人ほど神様に寛容な民族はいないと思われるほど、日本には仏教、キリスト教から、得たいの知れない新興宗教まで様々な神様が存在しています。

しかしもっと根本的な問題は、これまで自分がしてきた行いをたなにあげ、供物を捧げ祈祷さえすれば願いがかなう、という他力本願的な信仰の方法、そしてそれを利用し、神仏の功徳と罰やたたりを売り物にして信者を集め、迷信で信者を束縛する宗教とは呼べない団体が多く存在し、惑わされる人が後を断たないということです。

実際、私も身近で新興宗教の迷信に囚われてしまった人を何人か知っています。宗教は違ってもその人達に共通しているのは、まず家族を顧みなくなり人生をただひたすら信仰する集団への奉仕に捧げるようになります。そして、その集団から離れると恐ろしい地獄に落ちるとかたくなに信じ、心配した家族の話には耳も傾けず、心身ともに蝕まれていきます。金品を搾取する宿主として、教団に寄生された状態になってしまうのです。幸い、親族の結束によって集団から連れ戻すことができた人もいます。しかし、いまだ連絡をとることさえも拒絶し、心配する家族も心身ともに疲弊している人達もいます。

本来の宗教とは、人がよりよく生きるための法則を教えるものであるはずです。金剛禅では偶像崇拝も祈祷も必要としていません。人間生活を確立するために一人一人がダーマの分霊を持つ万物の霊長であることを自覚して、すべての人が「ダルマ」になることを目標に努力し修行すれば、いつか必ず現世に平和で豊かな理想の楽土を建設できると信じ、同志と共に自他共楽の金剛禅運動を展開しているのです。

さて、釈尊は大集教という教典の中で仏教について詳しく予言しています。正法千年の前期五百年を解脱時代と称し、直感によって悟れる時代、後期五百年を禅定時代と称し、禅定によって悟りを開く時代としています。そして次の像法千年の前期五百年を読誦多聞の時代と称し、教学によって安心を得られる時代、後期五百年は多造塔寺の時代と称し、寺や塔を多く造り、立派な仏像をまつり、芸術やムードによって満足する時代としています。日本に仏教が伝えられたのはこのころです。それから次の末法万年最初の五百年を闘争時代と称し、闘い争う時代に入って今までの仏教は力を失ってしまい、弥勒菩薩の使いが出て、新しい教えが広められると書かれています。

予言に合わせるように、仏滅後二千五百年を迎えた二十世紀に後半になってから、人類は原水爆という一瞬にして全人類を破滅させることも可能な武器を使用した戦争の影におびえ、人類の終末を迎えるのではないかという不安におののく時代となってしまい、科学の進歩とは逆に多くの人々が神や仏を信じなくなり、宗教が無力化してきています。

仏教が無力化している原因に、現在の寺院を中心とする仏教が釈尊の正しい教えを伝えず、真実の仏教とは何の関係も縁もないシャーマニズムを根拠とする原始的な宗教的儀礼のみに徹していることがあげられます。このまま精神的指導者を失ってしまった現在の大部分の寺院は、やがて衰退し消え去る運命にあるといえます。

しかし、日本で仏教が軽視される最大の原因は、仏教を代表する僧尼が単なる葬儀の執行人となってしまっているところにあると開祖は言っています。確かに仏教を思い出すとき、葬儀や法要など必ずといっていいほど人間の不幸に結びついて考えられるのが現状です。しかも、戒律の厳しかった古代の僧尼と比べ、戒律が甘くなっている現代の僧尼に神秘力や功徳等を期待できるはずもありません。葬祭の儀式等は世間体を気にして行われているのが実状です。

また、仏教寺院が現在のような形になったのは徳川時代、幕府がキリシタン取締のために思想警察と戸籍係の役目を寺院に与え、すべての人をどこかの寺に所属させた宗門改めの政策に端を発します。このとき現在の檀家制度の基ができてしまったのです。

そもそも仏教寺院の始まりは、一所不在を立て前とされた釈尊や弟子の比丘たちに、長い雨期の安居をすごしてもらうために信者が建て、布捨したものです。誰の所有でもなく、信者や修行者の共有するところで本来は公共的なものでした。仏教史を見ても、排他的な宗派はなく、各地に建てられた国分寺は官立寺院として宗旨に関係無く、民衆の文化教育を目的として活動していました。

ところが幕府の政策によって寺院にいた僧尼たちはそのまま寺院にとどめられ、宗派の定めを守って儀式と法要さえしていれば、一種の特権階級として安住できるようになりました。そして本来衆生を救済すべき僧尼が、因縁話や罪でおどし、死んでからの極楽や後利益でまどわせ、お賽銭をださせることに専念するようになり、寺院が堂塔伽藍の壮大を誇る儀式と偶像崇拝の殿堂となってしまったのです。

また日本では、仏壇に位牌を置き、読経や法要でご先祖様をまつる風習があり、ご先祖様の位牌を大切に扱ってきました。しかし、位牌の起源は中国の儒教にあり、仏教が儒教や道教の影響を受けて死者の霊をまつるようになり、取り入れてできあがったものが現在の位牌の始まりです。

しかも、位牌そのものよりも、位牌に書いてある戒名に意義があると考え礼拝しています。戒名とは、在家の仏教徒が日常生活の中ではなかなか仏陀の定めた諸戒が守れないため、期間を決めて寺院にこもり、戒律を守って修行をし、精進を終わった信者に対し、寺の住持が修行の証明として紙に書いて渡していたものでした。それが現在は修行とはまったく関係無くお金さえつめばどのような人も立派な戒名をつけてくれるという、本来の意味から逸脱したものになってしまっています。

しかも、ご先祖様とはどこまでをいうのでしょうか。人は必ず父と母の二人の親を持つことから単純に計算しても、十代前のご先祖様の数は千二十四人もいることになります。とても一人一人の位牌をまつり、読経することは無理なことです。

位牌を仏壇に置き、読経や法要でご先祖様をまつり、形式的な儀式をするよりも、今の自分が存在することに感謝して日々を大切に生きることが、ご先祖様に対するなによりの礼儀だと思います。自分がご先祖の立場に立って考えても、本当に子孫のことを考えるならば、義理の儀式よりも、日々を大切に暮らしてくれているほうがずっとうれしく思います。しかし、先祖からの因縁、前世からの因縁が悪いからと脅し、高い壷を買わせたり、祈祷を行ったりする霊感商法がよく問題になっています。これは誤った因縁の使い方がされています。

因縁という仏教用語は、「必ずそうなるべき原因に、そうならせた縁由が加わって、そうした結果を生む」という意義を表した語です。「因」は原因、「縁」は原因を助けて結果を生じさせる間接の力です。すべてのものは常にこの過去・現在・未来と耐えず循環する因縁の法則の中に存在しているのであり、人間は善因善果、悪因悪果の法則を信じて精進すべきことを教えているのが仏教の因縁説なのです。つまり、「因縁」の教えは無知から生ずる人生の苦悩を脱却させて、釈尊が解脱、成道させた仏智に早く到達させようという積極的な意味を持った教えなのです。

人間には「生、老、病、死」という避けることのできない「人間苦」があり、釈尊やキリストでさえ苦しんだといいます。それに加えて物質文明の発達した今日を生きるには、その生存生活のために苦しむことが多く、悩みも複雑になっています。

この人間が持つ悩みや苦しみの根源は、結局「生」そのものが持つ矛盾から起こっています。生きるということは刻一刻と「死」に向かっていることで、どんな人でも「死」から逃れることはできません。よって、まずこの生の矛盾を自覚することからはじめて、それから人生に対する問題の解決をはかるようにしなければなりません。人生百般の問題は、すべて期待してはならぬことを期待し、期待と事実が反することが原因となって生じているのです。

智恵遅れの人を預かり家族同様に暮らしている私塾「堤塾」を主宰している堤保敏氏は、「人生とか、人間の生きていくには一つの流れがあるんです。そうした流れを彼ら(知的障害者)は最も上手く受入れている。たとえば、言い方は悪いかもしれないけど、彼らにもっと思考能力があったら、いろんなことに反逆するかもしれない。でも、残念ながら、というか、それは幸いなことかもしれないけど、彼らにはそうした能力が無い。だから、非常に自分の流れ方、流れるということをうまく受入れている。これはやはり見習わなければいかんです。彼らは死ぬまで人生の流れとか、その受入れ方が上手い。彼らは死にたくないとかそんなことでバタツクことが全然無いですから」と話していました。

私たちは何に対しても、過剰な期待を抱く傾向があります。それが人類の文明の発展につながったとも言えますが、反面、過剰な生産活動は地球を汚染し、人類の存続自体も危ぶまれるようになってしまいました。果てが無い欲望と、それによって生じる苦しみに、私たちはもっと真剣に向き合うべきなのでしょう。

◆金剛禅の主張と願い

金剛禅は、釈尊の正統仏教の教えに従い、生きている人間が拳禅一如の修行をつみ、不屈の精神力と金剛身を養成し、まず己をよりどころとするに足る自己を確立し、そして他人のために役立つ人間になろうという、身心一如・自他共楽の新しい道です。さらに物心両面の正しい生活を、人間の英智の活用による無限の富の開発と、善意に立脚した人間同志の拝み合い援け合いにより確立し、現世に平和で豊かな理想境を建設しようという教えです。

その信仰の中心は、大宇宙の大霊力たるダーマです。ダーマは、時間と空間を超越して存在する大引力であり、すべての生物を生成化育する大生命力であり、因果応報の道理を司る大霊力です。つまり、見ることはできないが存在は認識できる、宇宙の根本実相なのです。

また、「ダーマ」という語はサンスクリット語のDhammaであり、語義は一般に「法」と訳されています。インドの古い文献によれば「法則」「真理」「全宇宙を統一する力」「正義」などの意味を持つ最高、最貴の語として用いられています。人間はこのダーマの分霊を持って生まれてきたことを認識し、育つ可能性を有する種子と理解してこれを育て、開花結実させるために修行努力しなければなりません。

その修行方法は、肉体を苦しめて悟ったり、読経や祈祷や儀式をすれば救われるという教えではありません。あくまでも自己の修養を第一とし、単に救いを待つのではなく、人事を尽くして天命を待つという心境で積極的に修行に励むものです。

「天国や極楽はあの世にあるものではなく、この世につくるべきものである。それは、神仏がつくるものではなく、人間が協力してつくり出さなければならないものである。人間の心の改造と平和的な手段によって地上天国を実現させようとしているのが、金剛禅の主張であり、願いなのである」と開祖はいいます。

儀式、説法だけではなく、半ばは自己の半ばは他人の幸せを考える行動を実践していくことこそが、金剛禅運動を推進していくということなのです。真に平和で豊かな世界を実現させることができるのは、今を生きている私たちなのです。

■ 現在の心境と将来の抱負について

少林寺拳法と出会ってから9年、少林寺拳法で人の和も、自分自身のフィールドも大きく広げることができたと思います。法縁のありがたさをつくづく感じ、感謝する毎日です。

9年前、希望の大学に入学したばかりのころ、自分が思い描いていたとおりの人生を順調に歩み始めたと感じていました。動物好きから始まり、緑あふれる青い地球を守りたい、という思いから、地球環境について学べる学科を専攻し、当時はまだ社会・経済・国際問題の複雑に絡む環境問題を解決するにはどうすれば良いのか具体的なものがはっきりしているわけでもなく、漠然と将来は官僚になり、地球環境問題に対する政策を打ち出していきたいというくらいしか考えていませんでした。大学4年間はそのための準備期間として、いろいろな経験をしておこうと考えていました。
 
少林寺拳法は、その大学時代、護身術を身に付けておきたいと思い、いくつかの武道サークルをのぞいたところ、一番雰囲気の良かったのが少林寺拳法でした。正直なところ、最初は激しい動きや鎮魂行といった宗教っぽい部分にとまどいました。でも、サークルの雰囲気の良さは、相手を立てて我も立てられるという、他の武道にはない、単なるスポーツでもない、まさに行としての少林寺拳法の修練があったからだと思います。大学時代は少林寺拳法の魅力にすっかりはまり、どっぷりとつかっていました。

今は、何に対してもその時々を大切に一生懸命やれば必ず道は開くのだということを実感しています。現在、私は官僚になっていませんし、直接環境問題に関わる仕事をしているわけでもありませんが、別の意味で行き詰まっていた道を少林寺拳法で開くことができたと思います。環境問題の解決を考えたときに、やはりすべての問題は人の質にあるという結論にたどりつきました。人が起こした問題を解決するには人が変わるしかない。その意味で、人づくりによる平和な社会をつくろうという少林寺拳法の考えは、まさに私が求めていた答えでした。

そして今、自分の考え・能力を活かせる仕事に従事することができたと感謝しています。自己確立・自他共楽という単純な道理こそが、平和で豊かな世界を実現させるキーワードなのです。私のこれからの抱負は、そうした理想とする世界にするために、仲間の輪を広げていくことです。そのためにも、自分自身もっと少林寺拳法を楽しみたいと思います。人に影響を与えられるような自分になるためにも、技術も教えもしっかりと身に付けたいと思います。そしてその楽しさを多くの人と共有することで仲間を増やしていきたいと思います。

少林寺拳法の良さに「合掌礼一つで友達になれる」ということがあります。自分が上手くなるためには相手も上手くなってもらわなければならない少林寺拳法では、いかに信頼し合える仲間を作っていくかが上達のポイントとなります。段位や年齢を超えてお互いの上達を助け合うという技術修練の中で、日常生活に活かせるさまざまな技術を学べることにとても奥深さを感じます。

私はこれまでいろんな場面で、全国に仲間が広がっていくことを実感してきました。人間がつくる社会という布の中で、自分は一本の糸にすぎません。一本の糸だけで布はできませんが、たくさんの糸が複雑に絡み合ってより大きな布をつくることができます。ただ自分が中心になろうとするのではなく、私を介して人と人が出会って、またその人達がそれぞれ別の人ともつながっていく。そこに無限の可能性を感じます。そうやって人の輪を広げていくこと、それが理想とする社会をつくることにつながっていくと考えています。