技術、練習方法、教えの実践・・・ 少林寺拳法に関する研究発表の場
内容に関しては 財団法人少林寺拳法連盟 の正式な見解ではありません。 【サイト・オーナーへメールサイト・オーナーへメールする    
■ 三段昇格考試の宿題 (明竜)
章へジャンプ→ 武道のあり方と行としの少林寺拳法日常生活の中で金剛禅の教えをどのように実践するか

明竜が数年前三段を受験するにあたり提出した宿題です。

■ 武道のあり方と行としての少林寺拳法

世間一般にいわれている武道
世間一般に武道と呼ばれているものには様々なものが存在しており、中には前時代的な人殺しの武器をアクロバチックに振り回すものから勝敗第一主義の格闘技系のスポーツまでが存在します。
その目的
そしてそんな勝敗第一主義の格闘技の目的はあくまで素手におけるルール内での技の優劣といえるでしょう。
その欠点
しかし今の時代で素手の格闘術の腕前などは、人類全体への貢献という観点からは大した価値はない。
むしろ自分以外は全て敵という考え方を持ちやすい勝負の土壌を考えれば一歩間違えば社会に取ってマイナスになりかねない落とし穴があります。
根本的な誤りに陥らないように注意
一面では格闘技術の要素を持つ少林寺拳法を修行する我々としてもこの辺は常に頭の中にたたき込んで根本的な誤りに陥らないように注意する必要があります。
武とは
武という文字は二つのホコを止めるという会意文字であるから、武道の本義とは争いごとを治めて平和と文化に貢献する和協の道といえるはずです。
済世利民の道
よって行としての少林寺拳法は、決して見せ物でも無く、ましては勝負第一主義の格闘スポーツでもなく自らを確立し仲間と協力して皆が住みよい社会を作る済世利民の道です。
■ 日常生活の中で金剛禅の教えをどのように実践するか

開祖が言われた金剛禅の教えとは
開祖が言われた金剛禅の教えとは、拳禅一如の少林寺拳法の修行を通して、本当に拠り所となる自分を確立する事から始まり、半ばは自分の幸せを半ばは他人の幸せをの考えにもとずいて行動し、地上天国を実現させるというものでした。
ある実践
昨年1月に阪神大震災がありました。私は最初、テレビのニュースを通して見るその出来事を、遠くの不幸な出来事としてしかとらえていませんでした。しかし神戸のボランテイアから帰ってきた知人から聞いた話では震災から2月たったその時でも人々が亡くなり続けている、という事実でした。

全国から救援物資は届くものの22万人の避難民まで行き届かない現実がそこにありました。圧倒的な人手不足だったのです。避難所を回る道すがら毎日救急車とすれ違った。と体験を語る知人の真剣な表情を見ているうち、普段は半ばは他人の幸せをなどと言っているのに実際に何も行動を起こしていない自分に気がつきました。もし関東に大震災があり、私が死んで私の親戚や友人知人が困っていたらどうでしょう。誰が助けてくれるのでしょう。逆の立場があり得ないとは言い切れません。ましてや東京に大震災があったら一極集中の日本の被害はもっと大きいでしょう。
そこまで考えた時私もボランテイアに応募していました。

今回は短い数日間のボランテイア活動だったので目に見える大きな成果などありません。しかし現地でテント暮らしの人たちの悩みを聞いてあげた時の嬉しそうな顔や、励ましたら逆にこちらが励まされたときの驚きは今でも忘れてません。あの滅茶苦茶な状況の中で命の強さも、人と人との助け合いというものも初めて実感出来ました。神戸ボランテイアへの参加でごく少数ではあるが数名の人たちの生命維持に貢献でき、私にとっても通常では経験できない貴重な体験が出来たことは双方にとって有意義な行動であったと思います。

これが私の金剛禅の教えの実践です。