技術、練習方法、教えの実践・・・ 少林寺拳法に関する研究発表の場
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■ 三段昇格考試の学科試験 (明竜)
章へジャンプ→ 宗教とは何か|寺院とは何か因縁について正しい釈尊の教え金剛禅の教義ダーマの徳性と人の霊性剛柔一体組手主体頭部顔面頚部の急所の図示上肢内外側の急所の図示下肢前後部の急所の図示胸部の急所の図示

明竜が数年前三段を受験するにあたり事前にまとめた学科です。

■ 宗教とは何か

今日の宗教
今日の日本には種々雑多な多数の宗教が存在しており、宗教と迷信の区別さへつかない状態である。

本来の宗教
宗教とは本来、人間がいかに生きるべきかの根本原理を示し、その信念による実戦を通じて、強く正しく生きるための拠り所となるものです。

金剛禅のあり方
金剛禅運動はこうした本来の宗教のあり方に立って、現世に理想郷を築くものです。


■ 寺院とは何か

寺院の始まり。一所不在が建て前。安吾。共有。
本来の寺院のあるべき姿。教化の道場。僧尼の止宿場所。
現代寺院の姿

■ 因縁について

因とは、縁とは
因とは「原因」であり、「縁」とは「ゆかり」のこと。
つまり「一つの結果には、必ずそうなるべき原因に、そうならせた縁由が加わってそうした結果がある。」という意義を表した言葉である。
因縁が悪いのではなく、迷信を排斥することが大切
よって人は迷信を排斥し「善因善果」、「悪因悪果」の法則を信じて精進すべきである。


■ 正しい釈尊の教え

因縁の正しい意味
因とは「原因」であり、「縁」とは「ゆかり」のこと。
つまり「一つの結果には、必ずそうなるべき原因に、そうならせた縁由が加わってそうした結果がある。」という意義を表した言葉である。
人間はなぜ悩むのか
人には生存のための「生活苦」と「生老病死」の「人間苦」がある。
これらの悩みや苦しみの根元は生の行き着くところに死があるという生そのものの矛盾からくる。
このように事実と期待の矛盾から人は悩むのである。
苦悩を克服する教え
釈尊の正しい教えは不幸や災難に直面したときの事実をそのままに見つめそれらに打ち勝つ力を、人間の中につくらせて、安心立命を得させようとするものである。


■ 金剛禅の教義

ダーマとダーマへの信仰帰依
金剛禅の信仰の中心は大宇宙の大霊力である「ダーマ」である。
大聖釈尊の遺教
よって我々は大聖釈尊の遺教である「自己確立」の道を極め
祖師ダルマの遺法
祖師ダルマの遺法を奉じて日々精進し
成道、現代に生かす
修行の功徳にを現代に生かすことが必要である。


■ ダーマの徳性と人の霊性

人間は、ダーマの徳性即ち分霊をもって生まれてきた万物の霊長と認識する。そして、この分霊たる人間の霊性は、育つ可能性を有する種子と理解して、これを育て、開花結実させるために、修行努力しなければならぬことを知るのである。
両者の関係については、下図の通りである。

育徳 仁愛
宇宙霊力 明徳 英知 人間霊性
力徳 勇気
建徳 健康

ダーマの徳性には育徳、明徳、力徳、建徳があり、仁愛、英知、勇気、健康という人の霊性とそれぞれ結びついている。
故に人はその霊性を育て開花させなくてはならない。

■ 剛柔一体

技の中に剛法、柔法の二つが一体となって生かされている。
剛法には、突き、蹴り、打ち、切り、かわし、流し、はじき、受けなどがある。
柔法には、手法、抜き、逆、投げ、固めなどがある。
剛柔の完全な一体化
少林寺拳法の技は「剛柔」の名称にとらわれず一つの技の中にも剛柔を使い分けて、自由自在です。
このことは他の武道には類を見ない大きな特徴です。

■ 組手主体

組手主体の意味
どんな技を演練するのも必ず二人ずつ組んで行うことを原則とするの意味

技術修得上の理由
攻防の間合いとか虚実をつかむため

組手主体の精神
また自分がうまくなるためには相手にもうまくなってもらわねばならず知らず知らずのうちに相手をたてる習慣ができる。


■ 頭部顔面頚部の急所の図示

省略。覚えやすいやり方を考えてみるのも面白いかも・・・

■ 上肢内外側の急所の図示

省略。

■ 下肢前後部の急所の図示

省略。

■ 胸部の急所の図示

省略。