技術、練習方法、教えの実践・・・ 少林寺拳法に関する研究発表の場
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■ 五段昇格考試の宿題 (明竜)
章へジャンプ→ T.教範の周辺、関連領域から「インターネット時代の少林寺拳法」はじめに2.現代を読む3.私の実践4.おわりにU.現在の心境と将来の抱負について1.現在の心境2.将来の抱負について

明竜が五段を受験するにあたり提出した宿題です。ちょっと長いです。原稿用紙で30枚くらいです(^^;)
この年の特別昇格考試論文で入選したものです。

■ T.教範の周辺、関連領域から 「インターネット時代の少林寺拳法」
1.はじめに
■ テーマの選定に際し

人類の歴史の中で経済成長に変化が現れたのはごく最近のことであり、人の歴史を1日に例えるなら、まさに最後の1分と言われてます。実際、江戸300年間の歴史で蕎麦と銭湯の値段は変わっていません。

また、明治の初めに2000万人だった日本の人口はそれからの100余年で一億三千万人近くまで爆発的な勢いで増加しました。日本の人口は2007年をピークに減少傾向に入ると予測されてますが、地球全体の人口は依然として爆発的増加を続けています。

科学の分野においても、20世紀初頭にアインシュタインの「相対性理論」が発表され、中期には原子力の研究が進み、またコンピューターが誕生しました。ついに世紀末にはDNAの解析にまで人類は着手するに至りました。

しかし、反面こうした経済活動や人口、科学の加速度的な発展のほころびが見え始めているのも隠せない事実ではないでしょうか。米国同時多発テロ、出口の見えない景気の停滞、炭疽(たんそ)菌にまつわる一連の事件、大阪児童殺傷事件、度重なる17歳の凶行、表面化する官僚の腐敗体質、警察官の不祥事、児童虐待など、数え上げればきりがありません。

変化のスピードが増し、巨大な地殻変動に見舞われる混迷の時代が現代なのかも知れません。しかし、ここで昔は良かったなどと回顧主義にふけるつもりもありません。なぜなら未来はやってくるものではなく、選び取るものだと思うからです。

そんな時代背景のもと、武道団体と宗教団体の二つの顔を持つ少林寺拳法と最先端の技術潮流であるインターネットの接点と可能性を見つめながら、私の金剛禅運動の実践を語りたいと思います。

2.現代を読む
■ ネットバブルは崩壊したのか?

アメリカのシリコン・バレーでのネット・ジェネレーション・カンパニーの乱立に呼応するように世紀末の日本でも渋谷のビット・バレー、大阪のベタ・バレーなどを中心に多くのベンチャー企業が世間の注目を集めました。しかし、それらの企業のほとんどが黒字転換できないまま消えていきました。

その事実を見て、多くのアナリストやマスコミが「ネット・バブルの崩壊」という言葉を口にしました。確かに利益を出したことのないベンチャー企業に過剰な投資が集まったこと自体異常でありバブルであったと言えるでしょう。実際ある調査ではベンチャー企業の株式総時価額の総計が業界最大手の米国IBMコーポレーションの総時価額を上回っていたという結果も出ています。

その後の分析では、ネット・ジェネレーション・カンパニーたちの失敗はリアル・ビジネスの欠如にあったと言われています。拳禅一如が少林寺拳法の特徴の一つにあるように、e-ビジネスの世界ではリアルとバーチャルの融合が必要と言われてます。従来の倉庫、店舗、輸送を伴うビジネスをリアルと捉えるならば、マウス片手にインターネットを使っての広告、商品提示、受注などをバーチャルと捉えることができます。そして、斬新かつ画期的なアイデアを武器にバーチャルの構築のみに注力し、リアルへの投資を軽視したことが彼等の最大の敗因ではないでしょうか。

具体的な事例として、クリスマス商戦での有名な話があります。その企業はインターネットでクリスマス・プレゼントの注文を受け付けました。これは予想を上回る好成績を収めましたが、直前になって配送の手配がつかないことが分かり、配送遅延とキャンセルが大量発生し大幅な赤字となってしまったのです。

ではe-ビジネスは本当に幻想だったのでしょうか?

■ ITとインターネットとe-ビジネス

まず、言葉の概念を明確にしてみましょう。

IT:インフォメーション・テクノロジーの頭文字であり、いわゆる情報技術全般のことです。コンピューターを始めとし、携帯電話など情報通信もITの範疇になります。また新しいところでは電気ポットや冷蔵庫に代表される家電もインターネットに接続され、情報家電としてITに含まれています。余談になりますが、電気ポットをインターネットに接続して何になるのかと思いましたが、これは老人介護の現場で大変役立つそうです。一人暮らしのご老人が一日一回もポットを使わなかったら、緊急事態と見なされ、自動的に介護者に警告が届き、介護者は老人宅へ出向いて様子を確認するのだそうです。

インターネット:1969年に開発されたアーパネットが元になっています。軍事目的に開発された通信方式で、例え回線が切断されても別の回線を迂回しながら通信ができるようになっています。湾岸戦争の米国の使用で一躍有名になりました。最近では、その利用法も進み、e-メールを送りホームページを見ることを「インターネットをする」と言われるようになっていますが、インターネットの使用方法はこれからもっと進化していくことでしょう。

e-ビジネス:電子商取引(e-コマース)と混同されますが、e-コマースはe-ビジネスの一部に過ぎません。e-ビジネスとは現在の業務をそのままコンピューターで置き換えるのではなく、ITの利用を前提に従来の仕事のやり方を再構築することです。よって、単なるホームページを使った通信販売ではありません。

■ ITは社会構造を変革する汎用技術となりうるか

森前首相の「IT(イット)革命」で一躍有名なったITは、社会構造を変革する汎用技術のひとつと言われています。社会変革と言うといささか大袈裟に聞こえるかもしれませんが、あながち大袈裟とも言い切れないようです。

ジェームズ・ワットが蒸気機関を発明したのが1769年。その半世紀後の19世紀前半、イギリスを中心に産業革命が広がりました。蒸気機関という汎用技術が50年の間に普及し、蒸気機関車が工業製品の輸送力を飛躍的に向上させたことが引き金となったのです。

また、ダイムラーとベンツがガソリン・エンジンを初めて自動車に積んだのが、共に1885年の事です。ガソリン車もその後約半世紀の普及期間を経て1900年代前半には経済活動や人の生活に大きな影響を与えました。恐らく今日において、鉄道やガソリン自動車の恩恵に預かっていない企業や個人など日本において存在しないのではないでしょうか。

蒸気機関車やガソリン自動車の普及はレジャー産業を活性化させました。まず、郊外にリゾート施設が建設されます。リゾート施設がができれば労働力が必要となり、人々は郊外にも住むようになりますし、そうなると食料品や日用品が必要になるので、流通業や小売業にも影響を与えます。このように汎用技術は、それそのものだけでなく、経済や産業、人々の生活スタイルまで広く影響を及ぼすものなのです。

そしてコンピューターも1900年代半ばの登場から約50年の歳月を経て、90年代後半のインターネットの出現を追い風に汎用技術になろうとしています。かつての蒸気機関やガソリン自動車のように、いまや農業などの第一次産業も含め全ての産業にITが使われ、生活の隅々にまで利用され、人々のライフ・スタイルまでも変えつつあります。そして、その陰で消えていく産業もあれば、新たに興る産業もあります。これらを考えると、ネット・バブルは崩壊しIT不況と言われてますが、それはあくまで表面的な現象に過ぎないようです。e-ビジネスは地味に、しかし力強く浸透しています。ITによる社会変革はこれから本番を迎えることでしょう。

■ 零と無限大と一

e-ビジネスの特徴は「零と無限大と1」と言われています。

「零」とは時間差、距離の差を無くすことです。時差を気にすることなく、海外からも地球の裏側からも瞬時に情報にアクセスでき、取引をすることすら可能です。

「無限大」とは、パソコンと電話回線さえあるところなら、商圏やテリトリーを全世界に広げることができるということです。ブラジルに出張中のお父さんが息子さんのためにインターネットでプレゼントを探し、配達の手配までできるのです。このようにe-ビジネスは販売やコミュニケーションの潜在的な機会を無限大にしてくれます。

そして「1」とは個別の対応を可能にしてくれるということです。テレビのような一方的な情報発信ではどうしても一対多になってしまいます。しかし、e-ビジネスの双方向コミュニケーションが一人ひとりに対するきめ細かな対応を可能にしてくれるのです。テレビや雑誌の広告で、ちょっとした不明点があり買い控える顧客が、インターネット広告を見て不明点があった場合はその場ですぐメールを使って質問できるのです。双方向コミュニケーションによって個々人のそれぞれの要望にこたえることが可能になります。

■ 少林寺拳法にも当てはまるのか

ならば、ITを金剛禅の実践や少林寺拳法の修業に取り入れたら、大きな効果が得られるのではないでしょうか。ITを利用すれば世界中の拳士との距離と時間の壁を取り払い、コミュニケーションの機会を無限大にし、それでいて個別の対応が可能になるのではないでしょうか。

3.私の実践
■ インターネットが作る可能性

開祖は日本でワープロ機が発売されたとき、真っ先に購入したというエピソードがあります。なじみが無いから、新しいからと言って躊躇しない。使えると判断したら、即取り入れるのが開祖の方針だったようです。

世はブロードバンド時代とまで言われてます。ブロードバンドとは更に使いやすいインターネットのことです、今開祖が生きていたらどうしていたでしょう。真っ先に飛びついて少林寺の布教やコミュニケーション・ツールとして有効利用していたのではないかと私は思うのです。

開祖が日々気づいたことや感じたことなど、拳士に伝えたいことがあればメールで即発信。これにより全世界の拳士が開祖からのメールを直接もらうことができるわけです。いわば限りなくライブに近い開祖語録です。また、連盟の連絡事項も全世界の拳士が即時に正確に入手できるようになります。各支部・道院長の手を煩わす月報もネットを使えばワープロ感覚で完了です。全世界の拳士の入門日、昇段日、参座実績も管理できるので、所属道院長に昇段が止まっていたり、最近参座の減った拳士の警告メッセージを送ることも可能になります。もちろん入門日の不正操作も出来なくなるので幽霊会員の問題もなくなり、その気になれば全ての拳士に、お誕生日おめでとうのメッセージを本部から送る事だって可能になります。

インターネット用語にワールド・ワイド・ウェブというのがありますが、このウェブとはクモの巣のことです、インターネット網が世界中に張り巡らされたクモの巣のようであることから形容されたものです。

開祖が「強いだけの一匹狼をつくる気はない。勇気と行動力とを持った人間の集団を造りたいのだ」また「日本社会は縦割だ、縦糸と横糸の織り成す・・・云々」と常々言われていたのは有名な話ですが、世界中に張られたクモの巣は、使い方次第では有効な基盤として利用できるような気がするのです。

■ e-技術研究会

今から約1年前の12月16日にe-技術研究会(以後e-研と略す)をインターネット上にオープンしました。e-研のeとはe-ビジネスのeと同じです。とは言っても、最初は私自身のインターネットの勉強を主な理由に、拳法の覚書をまとめてみようと思ったことから始まりました。ただ、コミュニケーションの輪が広がるのではないかという多少の期待もありました。しかし部活や支部のホームページではなく一個人で始めたので最初は訪問者も少なく、1日10件、そのうち5件は自分という有様でした。それでも口コミで訪問者が増え、今では毎日コンスタンスに200件のアクセスがあります。1日のアクセス件数がこの1年間で20倍になり、のべ3万人の方が訪問してくれたのです。

e-研ホームページはあくまでインターネット上の実験の場です。グループでもありませんし、出入りも自由です。参加のルールとしてホームページの紹介欄には次のように記述してあります。
e-技術研究会は、少林寺拳法の技術研究を中心に、自発的な参画(自己確立)と、他の参加者の自発性を尊重し、Win&Winの関係(自他共楽)を目指します。
e-技術研究会はネットをつかったコミュニケーションのチャンスとフィールドを提供します。チャンスをどう生かすかは参加者自身にかかっています。
時にオフラインでe-研交流会を開催することもあります。リアルとバーチャルを有機的に融合させ役立てましょう。
実際これをもとに私自身、海外の拳士を含めた何人もの拳士と知り合いになりましたし、他の拳士の方々の相互の出会い場としても機能しています。

ホームページの内容は技術に関する論文を始め、開祖語録、修行記、他支部の拳士との交流の記録などで、毎日何かしら新しい更新があるように心掛けています。また、訪問された方が自由に意見が書き込める掲示板もあります。

実際にホームページを運営していて興味深いことに気が付きました。少林寺拳法の特徴はe-研ホームページ運営時の注意事項に応用できるということです。
組手主体 ホームページは公開すればそれでいいというものではなく、まず見てくれる人がいて初めて存在意義がある。
守主攻従 自分が興味ある話題よりも、読み手の興味のある話題を第一に考えて作りこむことが大切なポイントとなる。
拳禅一如 いくつかあるコーナーのなかには拳法技術を徹底的に掘り下げるものもあれば、技術を離れた日常禅と呼ぶべきテーマのものもある。
剛柔一体 文字と画像という別の表現方法があり、互いの利点を最大限に引き出せるよう、ミックスさせて使うと有効。
力愛不二 礼儀をわきまえながらも忌憚無き意見を発言できる環境を維持することが重要。
不殺活人 アクセスした人たちが楽しみ、少しはためになり、また訪問したい。と思ってもらえる基本的は姿勢が貫かれていること。

■ えんさんの話

ではe-研ホームページがe-ビジネスの特徴を生かしつつ金剛禅活動の実践につながった一例をご紹介しましょう。

この夏愛知県で、ある40歳の男性が少林寺に入門しました。彼の本名は塩山さん、ニックネームは「えんさん」です。

春先に偶然e-研ホームページにアクセスしたそうです。そして技術に関する論文を読んで少林寺拳法と今の仕事の共通点を発見し少林寺拳法に興味を持たれたそうです。ただ、40歳から始めることには多少の抵抗もあり、その旨を正直に掲示板に書き込まれたのです。しかし、翌日には早くも全国から応援のメッセージが寄せられ、驚いたとのこと、そしてその中には一通も反対のメールがなかったことに再度驚かれるとともに、入門の決意を固められました。

ところが、ちょうどその頃えんさんに転勤の話が持ちあがったのです、私はインターネットで転勤先にあたる愛知県に住む拳士の方に呼びかけ地元の道場を紹介していただきました。えんさんは無事転勤されるとすぐ紹介した道場に見学に行き、そのまま入門され、今では元気に修行に励まれています。私達はお互いに面識はないものの、インターネット上でも合掌礼ひとつで友達になれることを証明したことになります。これなども距離を零に、コミュニケーションの可能性を無限大に、そして一対一対応を可能にした例と言えるのではないだろうか。

因みに、その後もえんさんとは連絡を取り合っています。彼は40歳からの挑戦を暖かく応援してくれた皆に感謝しており、入門後の感想や様子などを記して時折連絡してくれます。今ではe-研ホームページに「えんさんの修行記40歳の地図」というコーナーが出来、新しい内容が掲載される度に読者からメッセージが届くほどに人気を博しています。

■ インターネットが創る光と陰

ここまではインターネットの光にばかり焦点を当ててきたが、当然ながらインターネットにも陰の部分もあります。

ひとつはネット犯罪と呼ばれるもので、詐欺やストーカーなど仕掛ける側に悪意があるものです。e-研ホームページは全くのボランタリーで運営されているため基本的に詐欺の心配はありません。しかしストーカーやなりすましの問題は依然残ります。あと数年しインターネット文化がもっと成熟すれば制度や技術面である程度解決されるだろうことですが、現時点では自衛するしかありません。そのためe-研ホームページにおいても実名公表やはっきりと顔の分かる写真の公開は避けています。また、人に不快な感情を抱かせる悪意的な発言や書き込みに対しては管理者として厳重かつ迅速な対応を心掛けています。

また、悪意はないのですが問題となるのは、かつてのネット・ジェネレーション・カンパニーのようにバーチャルの世界を重視するあまり、リアルの世界を置き忘れることです。もっともe-研ホームページを訪れる方のほとんどが、どこかの支部・道院に活動母体を持っている方なのであまり心配はしていませんが、あくまでインターネットはコミュニケーションの一手段、金剛禅活動の一部ということを忘れずに肝に銘じておく必要があるようです。

4.おわりに
■ インターネット時代の少林寺拳法

インターネットは特別昇格考試提出論文としては珍しい題材であったかも知れません。しかし、道場の外に目を向けるとITやインターネットはひとつの社会現象として大きな潮流を築き上げています。いずれ少林寺拳法とインターネットの接点と可能性を考察することは避けては通れない課題となるでしょう。そして避けられないのなら、その長所も短所も見極めて積極的に利用するのも一つの選択肢ではないでしょうか。

有名な経済学者であり、フロイトやケインズを直に知る思想家でもあるP・F・ドラッカーはその著書「チェンジ・リーダーの条件」の中で「変化はコントロールできない。できるのは、その先頭に立つことだけである」と言っています。

連盟本部もすでにホームページを立ち上げ公開しています。e-研ホームページももちろん関連ホームぺージとして連盟本部のホームページに登録されています。お互いに刺激しあって、これからもより有効な自他共楽の場にしていきたいと思います。

私はIT関連の企業に勤めていますが、技術者ではありません。言わばホームページ作りは素人です。そんな私に開祖の次の言葉は大きな勇気を与えてくれました。

「努力しなければ状況は変えられない。あきらめてはダメだ。いつか、誰かがやってくれるだろうではなく、自分がやろうと思うてみんか。どうだい、自分が歴史を変えてみんか。」(1975年 第三次指導者講習会にて)

■ U.現在の心境と将来の抱負
1.現在の心境
■ 昨日のことのよう

残念ながら私は開祖を知らない世代です。それでも少林寺の門を叩いて20年が経ちました。気が付けば人生の半分以上は少林寺拳士として時間を送っていることになるわけです。しかし不思議なことに入門当初から途中で辞める気はしませんでした。恐らくこの先も死ぬまで私は少林寺拳士であり、開祖の教えを忘れないだろうと思います。

■ 入門の動機

入門の動機はありきたりですが「喧嘩に強くなりたい」でした。空手、柔道、合気道、ボクシング・・・色々な本を読み漁ました。その中で、打突系の技、組打系の技の両方があり、社会に対して生き方に対して明快に正論を述べる面白い本が「秘伝 少林寺拳法」(光文社)でした。

■ 現在の心境

中学校の卒業式を翌日に控えた晩に入門したのを覚えています。あれから20年の歳月が経ったわけですが、あの時の少年は目的であった喧嘩に強くなることが出来たのでしょうか。

その答えは出ません。なぜなら喧嘩をしなくなったからです。しかしそれは妥協したり逃げているのとも違うようです。これはもしかしたら、「技(ぎ)」のレベルを身につけようと修行に励んでいたら、「術」や「略」を身につけてしまったのかもしれません。 「こう来たら、こうする」ではなく、「この状況に持ち込んだら相手の戦意を無くせる」とか、「こうすれば、対立が起こらずに目的を達成できる」というように考えているようです。

この考え方は仕事にも応用できるようです。言われたことをこなすだけでなく、相手の期待しているものを考えながら、仕事をすることによって仕事のスピードと品質に違いが出ますし、もっと言えば相手を味方に巻き込みながら仕事を進めてしまうと、さらに効率が上がります。

また、拳法では八方目を使いますが、これを応用し、自分の仕事が仕事全体のどういう位置を占め、どういう意味があるのかを理解した上で取り掛かると、的確な成果物を短時間で出せます。反面的な例になりますが、ある調査によると「意味の無い仕事をやらされている」と感じたとき、人は著しくやる気を失い、生産性が落ちるという結果が出ています。

これらの例はごく一部ですが、拳技そのものは今までのところ単なる趣味としてしか役に立っていませんが、拳技から学んだ人間の原理や行動の法則は非常に広い範囲で応用でき、改めて深い意味での拳禅一如というものを実感させられる毎日です。

■ 現在の仕事

今、私は外資系の大手IT関連会社に勤務しており、社長専属広報員として直接社長を補佐する職にあります。講演等のスピーチ・ライターをこなすと共に社内ネットワークで企業トップの声をタイムリーに全社員に届け、3万人の社員が価値観や方向性を共有し、高いモラルで仕事に望めるようにするのが私の仕事です。

責任重大かつ神経と体力を使う仕事でもあり、正直に言えば荷が重い。しかし、貴重な経験ができるのも事実で、政界のトップ、各界の有名人などの話を直接聞くチャンスにもめぐり合えます。仕事としては決して楽ではなく、いつまで体力が続くか、あるいはいつ失敗して更迭されるか分かりませんが、勉強の場としては大変貴重な機会でもあるので、少林寺拳法の修行を通して学んだノウハウをフルに使って挑戦しつづけたいと思います。

2.将来の抱負について
■ 人と地球に豊かさと潤いを

「人と地球に豊かさと潤いを・・・」これは、会社の中長期ビジョンに盛り込まれている言葉です。そしてこの言葉は単なるお題目ではなく、日本ではまだなじみが薄い在宅勤務制の導入や、子供達への社会勉強の機会提供、それに事業所廃棄物の徹底的なリサイクルを始め環境対応活動など、様々なところで会社の施策に反映されています。

ややもすれば仕事に忙殺されギスギスしてしまう現場の社員に、企業のビジョンを正しく伝える、あるいは具体的な施策を迅速に伝えることによって、少しでも心に余裕ができるなら、大きな目で見れば人と地球に豊かさと潤いを届けることに貢献できるのではないかと思っています。これが私の仕事を通しての金剛禅の実践です。

■ 指導者ではなく実践者に

よく、人に少林寺拳法の指導者にならないのかと質問を受けますが、私は敢えて指導者になりたいとは思いません。むしろ、市井にあって少林寺拳法の実践者をめざしたいと思います。

■ 気をつけたいこと

少林寺拳法も長くやり、段位も上がってくると、つい「少林寺言葉」で話をしている自分に気がつきます。たしかに少林寺言葉を多様して話をすればそれなりに形は整うのですが、それではいけないのではと思うのです。つきまして、戒めとして自分に対し次のように言い聞かせるようにしています。
「金剛禅のDNAを持ち、自分の目で見て、自分の頭で考え、自分の言葉で話したい」

以上

引用資料

「総務省 統計局・統計センター ホームページ」 総務省

引用文献

「チェンジ・リーダーの条件」 P・F・ドラッカー著 ダイヤモンド社 2000年
「会報少林寺拳法11月号」 財団法人少林寺拳法連盟 2000年

参考文献

「ディジタル・エコノミー2000」 米国商務省編 東洋経済社 2000年
「石橋を叩けば渡れない」 西堀栄三郎著 生産性出版 1999年
「次の10年に何がおこるか」 Foresight編集部編 新潮社 2000年
「記者ハンドブック」 第八版 共同通信社 2000年