技術、練習方法、教えの実践・・・ 少林寺拳法に関する研究発表の場
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■ 五段昇格考試の学科試験 (明竜)
章へジャンプ→ T.金剛禅の教義について1.金剛禅の概略2.中心3.従来の仏教と比較して違いは4.私の実践5.将来の抱負U.金剛禅の指導者のあり方について1.開祖が育てたいと思った指導者像2.金剛禅の指導者とは3.私が気をつけていること

明竜が五段を受験するにあたり筆記試験用に事前にまとめた学科です。
テーマはあらかじめ連絡されるので、事前に一度まとめ、骨子のキーワードを覚えておくと試験当日スムーズでしょう。

■ T.金剛禅の教義について
1.金剛禅の概略

金剛禅とは少林寺拳法を通した心身一如の人づくりによる国造りの運動、1947年(昭和22年)に開祖宗道臣が四国多度津に興したもの。

2.中心

信仰の中心
信仰の中心は、大宇宙の大いなる働きであるダーマ

ダーマとはサンスクリット語のDHARMA、通常ダルマ、古くはドハルマ又はダハーマと発音。語義は一般に「法」。インドの古い文献によると「法則」「真理」「全宇宙を統一する力」「正義」などの意味を持つ最高、最貴の言葉として用いられていた。

大生命、大光明、大霊力、大引力と教範の中でも宇宙の根本実相としてダーマを様々な角度から表現しているが、その中で私が特に実感できるのは「因果応報の、道理を司る、大霊力である」という表現。

この大霊力を我々はダーマと称え、信仰している。人間はこの大宇宙の大霊力の分身として存在し、その分霊たる霊魂を所有していることを認識する。

故にその住家である肉体を修養すれば、その本来の力が発揮され、無病強健、歓喜悦楽の人生を経験して、天寿を全うしうると認識するものである。
教えの中心
自己確立と自他共楽

天国はあの世に作るものではなく、この世に作るべきもの。それは神仏が作るものではなく、人間が協力して作り出さなければならないもの。

との考えから、まず、拠り所となる自己を確立し、その上で半ばは自己の半ばは他人の幸せを考えられる人になろうとするもの。

3.従来の仏教と比較して違いは

従来の仏教は専ら、死んだ人間の成仏や困ったときの神頼み的発想である。

金剛禅は、「人間の期待と事実が反して生まれる苦しみを、欲望を征服し、浄化させることが、悩みや苦しみを解決する唯一の方法である」とする釈尊の正当仏教の教えに従い、偶像崇拝を必要とせず、自己確立と自他共楽の金剛禅運動を同志と共に展開しています。ここが先祖崇拝を中心に考える従来の仏教と大きく違う点。

4.私の実践

私の少林寺拳法における役割とは、職場など道場を離れたところで金剛禅の考えを実践し、共鳴してくれる仲間を増やすことによって、社会を良くしていくこと。

また、支部内での自分の役割とは、将来道院を出すための勉強を兼ね、支部運営をサポートしていくという一言につきるが、具体的には拳士会の一員として会報の編集発行をし、現役道場生だけでなく、父兄や休眠拳士にも少林寺拳法の考えと我々の活動を理解してもらったり、コミュニケーションを促進できるような紙面つくりをしていくこと。

また行事の際にはスタッフ・リーダーとして動いたり、後輩がリーダーで動くときは重要な局面でアドバイスをするように心がけている。

5.将来の抱負

このように少林寺拳法の修行を通して学んだことを、仕事や家庭に活かし、仕事で学んだことを拳法に活かして、日々積極的に生きていきたいと思う。それが、少林寺拳法という宝の山を残してくれた開祖に対する唯一の恩返しになると思っている。

U 金剛禅運動の指導者のあり方について
1.開祖が育てたいと思った指導者像

一匹狼を育てる気はない
開祖が、よくその著書の中で「強いだけの一匹狼をつくる気はない。勇気と行動力とを持った人間の集団を造りたいのだ。」と言われているとおり、単なる武術家を作る気はなかった。
指導者に求められる要素
開祖は、勇気と慈悲心と正義感と行動力にあふれ、そのうえ相手のことも考えて行動できる自己確立と自他共楽を実践できる社会のリーダー育成を願った。
開祖の原体験
なぜなら、敗戦後の体験から開祖が悟ったことは「人、人、人、全ては人の質にある」という真理。

全てのことが最終的に人によって決定され、行われるならば、社会のあらゆる分野、あらゆる階層において、相手の立場に立って考え、かつ行動できる人間が一人でも多く育てば、一見遠回りのようであっても、世の中は必ず変わるということに気がついていたから。

2.金剛禅の指導者とは

よって金剛禅運動の指導者は、現世に理想境を建設するという目的を見失ってはいけない。そして、拳法はその手段であることを忘れてはいけない。人が困っていたら力になり盾になり、納得づくで協力してくれる信頼関係を築かなくてはならない。

人を指導するときにも金剛禅の教えをいかに実生活において行わせるかに指導の眼目をおく。

3.私が気をつけていること

技を軽んじない、しかし技に溺れない
金剛禅は少林寺拳法を通して人材育成をしているので、まず拳技において後輩がついてくるしっかりした技術を身に付ける。
反面、技術の職人だけでは人はついてこないという現実を認識し、人間としての見識を高めるように、日々自己研鑽に努める。
リーダーシップ
助けを求める人がきたときに絶対逃げない
指導者よりも実践者に
後輩に対し「ああしろ、こうしろ」と指示を出すのではなく、後輩が何かあったときに「あの人ならば、きっとこうしているだろう」と参考に出来るよう、普段から自分の行動で模範をしめす。

周りに良い影響を与えられる人物になるという意味で、指導者というよりむしろ実践者を目指したい。